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Viva La Vida/美しき生命



「そう言えば、どうしたんだろうな」

 バーナビーは虎徹と背中を合わせ笑顔を維持したまま、その言葉から欠落した部分を脳内から探し出そうと努力した。しかし、明らかに与えられた情報が少なすぎる上に唐突だ。

「何がですか?貴方の悪いクセですよ。主語も目的語もなく突然話し始めないでくださいよ」
「っだ!相棒ならフィーリングで分かれよ!」
「それだけで分かったらフィーリングを超越してますよ。テレパシーの能力者じゃないんですから」
「あーほらほら、スカイハイのこと!」

 どきり、と一瞬心臓が体から浮き上がってしまったかと思った。
 気が抜けている時ほど会話にアクションを添加させるクセのある虎徹は、カメラマンにやんわりと集中を求められている。今月のマンスリーヒーローに使われる写真の撮影だ。仕事が市民から離れた内容になるほど、それに比例して虎徹の集中は途切れがちである。

「……スカイハイさんがどうしたんですか?」
「だから、トレーニングセンターに全然顔出さねえって話だよ。お前何か知ってる?」
「……トレーニングセンターに顔を出さないんですか。あの人が」
「え?そっから?」

 思わず似たような表情を見合わせてしまった。今度は二人揃って咎められる。さすがにそれ以上は無駄口を慎んだが、やはりそれ以降も虎徹が不意に持ち込んだ情報が気になっていた。出動や他の仕事が無い限り誰よりも長くトレーニングをして帰る、というのは、彼の信条であり誇りだ。それはバーナビーの推測ではなく、スカイハイを知る誰もが認識している事実である。

 無事撮影を終え、そのままインタビューに移る前に小休止が挟まれた。椅子に腰掛けるなり虎徹が口を開く。彼もずっと気になっていて、バーナビーに話したくて仕方なかったのだろう。

「俺もロックバイソンに聞いたんだけどな、五日くらいらしい。昨日も一昨日も出動あった時も居なかったみたいだろ?」
「それまでの事件では必ず出動していたと思いますが……」

 撮影中もそれが気になっていた。出動のタイミングや事件解決のスピードにより、到着が間に合わないことは少なからずある。稀な例だが、事件の特性や所属会社の方針によっては召集されるメンバーが限られることもある。しかしキースは殊更、いつでも出動できるよう万全を期しており、最近起こった事件が特殊だったとも思わない。あるとすればポセイドンラインの方針によるものだが、これも目立った要因に思い当たらない。

「ってお前、なんで何も知らねえの」
「なんでって……僕たちは今、トレーニングは自社でやってるじゃないですか。会うとしたら現場くらいしか……」
「いやいや、そーじゃなくて。お前ら『トモダチ』になったんだろ?」

 気軽に吐き出されたのであろう言葉は存外バーナビーの中で重く響いた。しかし虎徹はそれに気づいた様子もなく、楽しげに話を続けている。

「なったつーか……俺が成り行きでさせたっつーか……とにかく、なんか色々作ったって言ってたろ。契約書?だっけ。アレは笑ったなー。一年分くらい」

 やっとバーナビーの反応が鈍いことに気づき、虎徹はあれ、と言葉を止めた。言葉を探すように人差し指を動かし、空中でそれを見つけたかのように口を開く。

「……ひょっとしてお前、引退してる時スカイハイとも連絡取ってなかったの?」
「当たり前でしょう。貴方とも連絡取ってなかったのに」
「当たり前かあ?それ」

 虎徹は再度言葉に迷うような素振りで、今度は後頭をガシガシと手で掻いた。意図的に言葉を絞っている自覚はある。いくら虎徹相手でも、事の顛末を話す気にはならなかった。

「まーカッコつけて引退したからな、俺たち。気まずいのは分かるけど、せっかくだし連絡取ってみたらいいんじゃねーの?」
「……虎徹さん」
「お?」
「顔、笑ってますけど」
「い、いやだってお前……、その年でオトモダチで契約書ってお前……!」
「一年分笑ったんじゃなかったんですか……」
「あと十年は笑えるぜ……!なんだよお前ら契約期限切れかー?なんつってな!」

 本当に期限が切れてしまったからきっと、この状態なのだと思う。からかわれているおかげで憮然とした表情でも訝られないのが有り難い。

 名目が先にやって来てしまった「友人」にどうやって取りかかるかを真剣に考えた結果、バーナビーとキースは、友人としての取り決めをまとめた「友人契約書」を作った。虎徹に一通り笑われて初めてその方法があまりにも一般的でないことを知り、当時は苦い思いをしたものだ。けれどやはり、そんな馬鹿げた経緯でも、その紙の上にある名前には価値があった。だからこそ今のバーナビーの手の中には何も残っていないのだと思う。

「いやでもアイツ、ほんと裏も表もねぇヤツだろ?ヘンなヤツだけど」

 バーナビーが拗ねていると思っているのだろう、機嫌を窺うように虎徹がコーヒーの紙カップを差し出してくる。目礼をして受け取った。質が悪いせいか、または感傷がそうさせるのか。苦みが舌先に染みる。

「お前が落ち込んでる時にな、今度元気づけてやってくれって話したんだよ。そしたらあっという間に顔色変わっちまって。ああこいつ、ほんとに……」
「それ、」

 カップをテーブルに置いた。黒い湖面が大きく揺れる。話を中断された虎徹の目は丸く、コーヒーと同じ色をしている。

「それ……クリームの話を聞いた後ですか」
「え?んー……おう、そうだったそうだった。それがどした?」
「いえ……」

 記憶の中のキースの言葉を今更になって反芻する。誰にでも構わないから、とにかくあの時のこと怒濤のように打ち明けてしまいたい衝動に駆られ身を乗り出し、しかし結局は口をつぐむ。代わりに出てきたのは、常識とも言えないこの世の定理の一つだ。

「いえ、本当にあの人は……いい人なんですよね」
「だよなあ。ヘンなツボとか買わされてなきゃいいけど」

 さすがにそこまで抜けてねーか、軽い調子で呟く虎徹の目が、バーナビーを探るように動いていたことを知っていた。けれど小休止がタイミングよく切り上げられたことに助けられてしまった。

 最近、毎晩のように夢を見る。妙に鮮明で質感のある夢は、無闇にバラエティーとリアリティーに富んでいる。そのくせ、いつも結末は一緒なのだ。

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