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Viva La Vida/美しき生命



「えーっと……つまり、どゆこと?」

 背もたれの無い丸椅子に腰を下ろし、子供のように一つの足を支点にしようと試みている虎徹が呟く。バーナビーは窓の棧に背を預け、腕を組んだ姿勢のままでちらりとその顔を覗った。背中には春の盛りを歌うように、惜しみなく地上へ注がれる陽光が降り注いでいる。

「……意外ですね」
「何が?」
「聞きたがるとは思いませんでした」
「はあ?いや、普通気になるだろ?」
「じゃあ詳細に……まず、ここ数年のNEXT研究によれば……」
「あっ、はいそういうことね!そうじゃない!確かにそういうんじゃないですできれば簡単に分かりやすーくお願いできる?バーナビー先生?」

 ガタン、椅子の支点を三つの足に戻した虎徹が慌てたように両手を振った。しかしバーナビーの表情ですぐにからかわれたと分かったのだろう、拗ねたような顔で腕を組み、それから何かに気づいたように身を乗り出す。

「待て待て……あの子がNEXTだったってことか?珍しい能力だな……夢に人を引き込む……って感じ?」
「彼女自身もそう思っているようです。もし本当にそういう能力なら、確かにとても珍しいでしょうね」

 虎徹は嫌そうなしかめ面だ。もったいぶるなと言いたいのだろう。両手を広げて肩を竦め謝罪に代える。

「能力に目覚めたとき、コントロールに苦労したことは?」
「そりゃー苦労したぜ……あん時は荒れたなあ……家も心も……あっ、今の結構うまくねえか?」
「恐らく触れた人間を対象にする強力な精神感応のNEXTだと推測しています。目覚めたばかりでコントロールできず本人も思わぬ形で暴走したんでしょう」
「スルーかよ」

 アイシャは一度触れた人間と比較的長い時間精神の同調を持続できるようだ。それが暴走により夢という無意識下にまで及んでしまったのだろう。彼女が強く持つ感情と共通する感情を持っていればいるほど、彼女の精神と強い同調を示すことになってしまったのではないだろうか。

「強く持つ感情?」
「不安だとか恐怖だとかですね。特に生死に関する」

 キースは更にスカイハイとして彼女を救いたいと考えていた。もうひとつ付け加えるなら、純粋で善良な性根も備えている。彼を知る者ならば、そういうキースだからこそ彼女の能力の暴走により深く引きずり込まれてしまった、というのはそれなりに説得力のある推論に違いない。

「フーン……分かるような分っかんねえような話だな……」
「自分で聞きたがったくせにそれですか……」
「いや……なんつーのか、生きてるだけでハッピーだ!そしてヤッター!って感じの奴なのかと思ってたぜ」

 バーナビーと虎徹の視線の先にはベッドがある。しかしそこで寝ていなければならないはずの人は、病室に入った時からすでに影すら無かった。普段からコンディション維持に万全を尽くしている彼にしてみれば、この検査入院はさぞ面白くないものだろう。虎徹と目を合わせて苦笑する。

「誰だって同じってことじゃないでしょうか。そういうことを不安に思ったり、恐れたりすることは」
「まあ……そりゃそうだな。コイツだけ特別ってわけもねーか」
「ええ、だから僕は……」

 背中に集まる陽光に肩を叩かれた気分になって、体を翻す。窓枠に手をかけなんとなく視線を下ろすと、そこにはちょうど木陰が優しく見守るベンチがある。車椅子に座るブラウンの髪の少女と、彼女へ元気いっぱいに何やら話しかけているアッシュブロンドの少女、それからそれをにこにこと見守っているハニーブロンドの男。この三人を中心に子供たちの輪が出来上がっている。

「あ、居ました。スカイハイさん。ドラゴンキッドも。彼女が先に来ていたんですね」
「あーあホントだ、アニエスがカンカンだってのにノンキなモンだなあ……」
「ポセイドンラインからも大目玉を食らったはずなんですが……」

 虎徹も椅子から立ち上がり、窓枠に肘を預けて呆れた表情を浮かべている。唐突に昏睡に陥ったキースは、その回復も唐突だった。今からでもとパトロールに繰り出そうとする彼を押し留めたのは、バーナビーだけでなくポセイドンラインの社員たちである。ポセイドンラインCEO直々の訓告まで一緒に聞くことになってしまった。ヒーローの情けとして、厳格そうな風貌の中にやけに赤く潤んだ瞳を発見してしまったことは忘れることにしたい。

「結局のところ、好かれているんだ。あの人は」
「そりゃあんな奴嫌いになる方が難しいって」
「本当に……。馬鹿げています」
「んあ?」

 虎徹はバーナビーの言葉の意味を掴みかねているようだが、残念ながらそれはバーナビー自身も同じことだった。何かうまい言葉は無いかと脳内を探っていると、キースがふと顔を上げた。バーナビーたちにすぐに気がつき、大きく手を振る。周囲のドラゴンキッドや子供たちもそれに続いた。

「あ、今の……」
「うん?」
「サムズアップ、僕に向けてやってくれたんですよ」
「……はいはい」
「先に行きます」
「どーぞどーぞ。オジサンはゆっくり行きますよ」

 呆れた表情を維持したままの虎徹が投げやりに手を振る。それに皮肉を置いていくことすら忘れて、バーナビーは軽やかに窓絵から離れた。

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