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Viva La Vida/美しき生命



「……っ!」
「お、おい……どした?大丈夫か?」

 文字通り飛び起きていた。この場に留まっているわけにはいかない、という漠然とした焦燥に追い立てられ立ち上がろうとして、ここが夢と連続した世界でないことに初めて気がつく。今横たわっていたのは柔らかいベッドだ。冷たい石畳でも崩落寸前の屋根でもない。深いため息を吐き出して頭を抱える。

「ここは……」
「お前、倒れる場所心得てんなー!病院だよ病院。スカイハイの見舞いの帰り。覚えてる?」

 今度はちゃんと起きるまで待ってたんだぜ、虎徹が苦笑する。そう言えばいつかもこうして倒れ、虎徹の事情を深く考えもせず迷惑をかけたことがあった。頭を上げられない。

「……すみません」
「いーよ。それより、本当にどうしたんだよ。医者の話だと休んでれば問題ないっつー話みたいだけどな」

 虎徹はしばらくバーナビーの言葉を待っていてくれたが、バーナビーが口を動かせないでいると身を乗り出してきた。困ったような笑みでバーナビーの顔を覗き込んでくる。

「スカイハイだけじゃなくお前も……ってさ。結構マジで心配したんだぜ?」
「すみません……」
「いや、別に……責めてるわけじゃねんだけど……。なんかあったか?また昔の夢とか見てんのか?」

 すぐにはまともな返事をすることができない。静寂に耐えかねたのか、虎徹は頭のハンチングを手に取りくるりと回した。ちらりと目をやるとふざけたように虎徹がまた笑う。その顔をぼうっと眺めていると、夢から目覚めた実感がやっと沸いてきた。ゆっくり顔を上げる。ベッドはバーナビーの寝ているものの他には無く、白い壁にある窓の端では春先の緑が陽光を静かに反射していた。急遽借りただけだろうに個室を宛がわれたらしい。

「以前、スカイハイさんが不調の時、貴方が彼を助けたことがありますよね」
「え?あー……ちょっと待って……」

 待てとは言いつつ、いつまでも該当の事件に行き当たらない様子なので、銀行強盗で、犯人の一人が平衡感覚を1日1度だけ奪うNEXTでと情報を重ねる。次第に虎徹の脳内にもバーナビーの脳内にあるものと同じ記憶が蘇ってきたようだった。

「ああ、アレ?スカイハイが落っこちてきて俺が潰されたヤツ?」
「あの時僕は、彼と同じ犯人を追っていました。彼は一度取り逃がしてしまった犯人を追いかけようとして、バランスを崩し、真っ逆さまに落ちていきました。それを見ていたんです」

 最初はさほど深刻に考えていなかった。遠目でも無事かそうでないかくらいは判別できる。怪我の心配はあったものの、事件解決後すぐに連絡して何事も無いことを確認していた。結果的にバーナビーはその日犯人を二人確保したこともあり、むしろ良い気分すら抱えていたのだ。

「でも……何故だかその映像が頭から離れなくて、嫌になって……彼とは段々距離を置くようになりました」

 そして最後には一方的に、敢えて相手の矜持と信頼を傷つける言葉を選んで突き放した。彼はただ、正面から真摯にバーナビーを見据えていただけだ。しかしバーナビーは自分勝手な都合で無理に彼を視界の外へ追いやった。

「今も何故、あんな些細なことが気になったのか……」
「なんか知んねーけど、お前ら本当に仲良くなったんだなあ」
「……貴方、人の話聞いてました?」

 思わずしかめた顔で虎徹の表情を窺うが、虎徹は虎徹で心外そうに目を丸くしてバーナビーを見つめている。分かってねえの、と自分こそからかわれているのではないかと疑っている表情だ。

「いや、だってそれ……スカイハイが死ぬかと思って怖かったってことだろ?」

 愚鈍な人間になってしまったかのように、ただただ食い入るように虎徹を見つめる。今まで勝手に細切れにして、それぞれに難しい名前をつけていた薄暗い感情が虎徹のたった一言に集約してしまった。

「虎徹さん……どうしよう……」
「へ?」
「僕……間違ってしまいました」

 そんなことはとっくに分かっていると思っていた。けれど、それこそ重大な過失だった。

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