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Viva La Vida/美しき生命



『どうだ?』

 バーナビーが携帯電話の通話ボタンを押したのと、虎徹が口を開いたのはほぼ同時のことだった。せっかちな質問に苦笑を漏らす。

「ええ、なんとかなりそうです。アニエスさんが頑張ってくれました」
『でっかい貸しひとつだよなあ、まったく』

 アニエスはまずバーナビーたちがたった今まで情報を提供しなかったことを批判し、人命救助という大儀を背負った協力要請に顔をしかめ、最後には視聴率に繋がらないことを嘆いた。その言い分はどれも尤もだったので、バーナビーはその白眼を甘んじて受け入れた。引き下がる気は毛頭無かったけれど。

 多少の無理を含んだその要求を通すには一日を要してしまった。何度か焦燥に気持ちが揺れそうになったが、既に丸一日眠りこけていたバーナビーの身体にとってはむしろ好都合だっただろう。一部の事件で一件、二部の事件で二件の出動があった。動かす指先まで疲労がぎっしり詰まっているみたいだ。ヒーローは体が資本だよ、何度も聞いた言葉が脳裏蘇り、また苦笑した。今日一日、ふとした弾みに彼のなんでもない言動を思い出している。意図的に考えないようにしていた反動だろうか。

『バニー?』
「いえ、なんでも」

 苦笑の気配が伝わったのか、虎徹に不審げな声を上げさせてしまった。だが克明に説明する気もせずに曖昧にごまかす。携帯電話を片手に眺める窓の外は、街明かりが束になって太陽の玉座を屠っている。明かりを点けないままの部屋には、夕日の代わりに紫がかった街明かりがぼんやりとバーナビーの指先を照らしていた。

「あの……虎徹さん」
『うん?』
「僕のことを、怒っていますか?」
『へっ?』
「いつも僕は、気づくのが遅いんです」

 大きさや形の整わない、いびつな紙片を丁寧な手つきで元の形に沿うように並べる。長い時間をドロワーの隅で過ごした難解なパズルだ。結局、捨て去ることはできていなかった。

「そのせいで、いつも選択を誤ってしまうんだ」

 預けられた信頼を時に疑い耳を塞ぎ、時に舞い上がり目を塞ぎ、ついには虎徹を生命の危機に晒した。それはこの手が覚えている。引き金の重みと大きな反動がいつまでも尾を引いた。結果論で言えば、バーナビーの行動は必要なものだったと言えるかもしれない。けれどそれは運と仲間に救われただけだとも言える。これもひとつの恐怖と不安の記憶だ。そして夢とは、その記憶内の紙片を潜在する感情に沿って一枚の絵にする作業だ。

『なんのことか全然分かんねぇけど……間違えたんならやり直せば?』

 思わず指が止まった。虎徹らしい単純明快な考え方に、今度は隠す暇もなく笑ってしまう。なんだよ、虎徹の声は不満げだ。

「……月並みだな」
『っだ!うっせ!』
「でも、その通りだ」

 帰宅してからずっと取り組んでいたおかげで、パズルは一応の完成を見ようとしている。サングラス着用、隅に書き足された走り書きもぐねぐねと歪んではいるが判読可能だ。

『お前には最初っから腹立つこと何度もあったけど……急にそんなこと言われると、なんでだったかいっこも思い出せねえよ』
「それはただ年齢の問題では?」
『あのなあ……』

 後はこれをセロハンテープか何かで繋ぎ合わせれば完成だ。ちょうど家を出たほうが良さそうな頃合である。バーナビーはこれからウエストシルバーにある小さな病院へ向かい、目覚めた彼に真っ先に言葉をかけられる場所で眠る。

『怒ってなんかないって。ただちょーっと寂しいと思うだけだ。俺も、多分あいつもな』

 ちょっとだからな!を強調する虎徹に苦笑しつつ、その言葉に勝手に励まされた気分だ。今日こそ美しい夢の運ぶ快適な睡眠であることを願いたい。バーナビーにとっても、キースにとっても。

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