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Viva La Vida/美しき生命



 シュテルンビルトは人口二千万を超える大都市だ。こんな常識を冒頭から持ち出すのにはもちろん意味がある。つまり何を証明したいかと言えば、そんな人間のるつぼの中に偶然見知った顔を見かけたとすれば、それは小さな幸運が道を歩いているのと等しい。そういうことだからだ。

 シュテルンビルトは今、春の只中にある。青い街路樹も、植え込みの開花も全て赤みを持って照らされる夕暮れの中にある。ヒーローとしてこの街に戻ってから、一貫して忙しい日々が続いてきたはずだった。しかしゴールドステージに流れる時間を緩慢にする夕陽は、バーナビーも春の一部分として等しく茜で照らしている。そして、視線の先に居る彼をも。

 彼は横顔に優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと歩いている。手には暖色の花束があり、誰かの言葉が蘇り――まるでいつかの再現だ。違うことがあるとすれば、そこにバーナビーのためらう理由が何も無いことだろうか。口慣れた名前を呼ぼうとしてここがどこだか思い出し、苦笑した。黙って彼に近づく。

「どちらへ?」

 突然かけられた声と、行く手を阻むように現れた影に、キースは丁寧に目を丸めた。しかし思案するような間はなく、すぐに嬉しげな笑みが浮かんでイレギュラーを歓迎しているようだ。

「アイシャたちのお見舞いさ」
「のんびりしていていいんですか?二週間、この差は大きいですよ」

 二本指を突き出して、わざと意地の悪い表情と声を意識する。唐突に二週間HERO TVから消えてしまったスカイハイ。その釈明をどうするかは少なからず揉めたが、結局「新技会得のための修行」というキース自身の案が採用された。兼ねてから考えていたというその技と、以前使っていたものとの違いがバーナビーにはよく分からなかったが、上機嫌のアニエスによれば視聴率は上々らしい。

「……君が一緒に生きてくれるなら、問題は何も無い、何もね」

 キースは花束を首元へ押し当てるように抱え直した。花弁で愉快げな笑みを隠そうとしているらしい。その目を覗き込むように一歩近づく。

「……からかってますね?」
「少しね」
「では、僕は怒るべきですね!」
「少しね!」

 キースはとうとう我慢できなくなったらしい、喉を鳴らして抱えた花束の春ごと笑っている。

「実を言うと……私は、君に友人を破棄された間も、君を友人だと思わずにはいられなかった」

 やはりバーナビーには彼が時折輝いて見える。けれど、以前と今とではその光の理屈は少し異なったものに変わっている気がする。彼はバーナビーとコントラストを作るために輝いているわけではない。彼が特別何かを有しているためでもない。

「だから、君の頼みに返事をする必要は無いと考えているんだが……どうだろう?」

 ただバーナビーの視界が、彼を輝かせているだけの話なのだ。

「僕もご一緒しますよ。返事を聞く必要は無いと考えていますが、どうですか?」

 バーナビーが小さく笑うと、キースも眩しげな笑みを返した。

 春の夕陽の色をしたシュテルンビルトで、バーナビーはキース・グッドマンを見かけた。暖色の花束を抱え、柔らかい表情とゆるやかな足取りで、さながら春を振り撒きながら歩き去っていく。だからバーナビーは彼に声をかけた。彼と光に溢れる春を共有するために。

I: 2012-08-15 / II: 2012-08-22 / III: 2012-12-13 / IV: 2013-03-03 / V: 2013-03-10

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