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天つ国、いずくにか (未完パラレル)



※ 現代?っぽい謎世界で義勇さん(♂)を嫁(概念)に迎える(予定)の炭治郎です。

 さて、この冒頭に登場するのは一人の名も無き女子大生だ。冒頭のみに登場して、今後も一切登場する予定はない。ただ、簡単に彼女のことを紹介するなら、趣味の世界に全財産を傾けてなお、さらにそこに投じるための金をアルバイトで必死に稼いでいるアルバイターである。今は三つ掛け持つアルバイトの内のひとつ、街頭アンケートに勤しんでいる最中だ。しかしこのアルバイト、辛い所はなかなか足を止めてくれる人がないことである。五分で終わり御礼の粗品も用意されているが、本当に粗品なボールペンであるためなかなか人が釣れない。もうこうなればヤケである。手あたり次第に声をかけ、数打てば当たることを信じるしかない。

 アンケートにご協力くださーい、なるべく怪しくない笑みを心掛けつつ声をかけて驚いた。何も考えずに通りすがった男性に声をかけただけだったが、その青年の顔が非常によく整っていたからだ。今更どぎまぎしてしまうけれど、そういう人に限って足を止め女子大生が話し始めるのを待ってくれている。表情は少し怖いと思うくらいの無表情なのだが、全く冷たい人というわけではなさそうだった。これは新聞社が執り行っているアンケートで、個人情報は保護され、五分で終わり、更に粗品もあることを定型文に従って説明する。頷きひとつないのがやりづらいのだが、青年の瞳はじっと女子大生を見つめていて眼福でもある。よく見るとその瞳が深海のように青いことに気付いてうっかり言葉を止めてしまった。

「すみません!」

 その時だった。突然青年の前に人が飛び出してきて青年を後ろに下がらせた。それからものすごい勢いかつ丁寧に頭を深々と下げている。突然の出来事に目を白黒させていると、下がっていた頭ががばりと上がった。

「この人は俺の奥さんなので!ごめんなさい!!」

 まず、突然現れた人はまだ少年のように見えた。女子大生よりもわずかに高いくらいの背だが、後ろに下がった青年よりもまだ低く、顔もどこか幼さが残って見える。輝きに満ちた大きな瞳には愛嬌があり、思わず「かわいい」と言ってしまいたくなるタイプだ。そう、そこまではいい。問題は少年の言葉だった。かわいい少年の奥さんがこのクールなイケメンさん……?

 女子大生は早々に考えるのをやめた。今は仕事中だ。まずは怪しい者ではないことを説明しなければならない。ちょっとしたことがクレームになるのだと事前研修で口酸っぱく言われている。青年に行ったのと同じ説明を進めていくと、少年の頬と耳はたちまち紅くなってかわいそうになってくるほどだった。

「す、すみません……早とちりしてしまって……」

 いえ、大丈夫ですよ、こちらこそすみませんと笑顔で返すと、少年はありがとうございますと困ったような笑みを浮かべた。そして後ろに立つ青年を見上げる。

「あんまり綺麗な人なので心配で」

 ん?

 女子大生の思考はまた停止した。青年を見上げる少年の目の優しさと、無表情ながら居心地の悪そうな青年のこの、何とも言えない空気を一緒になって吸っている自分は一体何なのかと疑問に思った。私はどうして私なのか、一般教養の何かの授業で聞いた。しかし不真面目な学生なので何のことだったかさっぱり思い出せず、逃げ道も見つけ出せそうにない。

「炭治郎」

 この妙な沈黙を破ったのは意外にも青年だった。穏やかな海のさざめきのような落ち着いた声だ。ここ五分くらいはこの場に居るのだが、初めて聞いた声だった。

「俺は奥さんじゃない」
「これからなるんだから同じです!」
「同じか……?」
「同じです!ほら、映画始まっちゃいますよ!」

 すみません、それじゃあ。爽やかに微笑んで少年は青年を引っ張っていく。女子大生は思った、ああまたアンケートに答えてもらえなかった。それ以上のことは考え始めたら多分だめなやつだ。

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