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弟妹同盟。(モクバ+静香+ほんのり表海)



※ 2009-09-13 / 熱血デュエル部 / A5コピー / 24P / モク+静メイン、表海
※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6708609

そのいち

「磯野、本社まであとどれぐらいかかる?」
「十分ほどで到着する予定ですが……」
「あー、別に急いでるわけじゃねえよ。ただなんとなく気になっただけだぜぃ」

 多忙な兄に代わって、次世代決闘盤に組み込むICの生産工場を視察してきた帰りだった。急ぐ用件でもない、と兄自身も漏らしていたし、だからこそモクバに一任されたのだろうと思う。が、やっぱり真っ先に帰り、真っ先に兄に成果を報告したくてウズウズしている。ガキっぽいとは分かっているけれど、落ち着かないのだ。

「兄サマ今何してるんだろ?」
「もうすぐ会議が終わる頃かと」
「そうかー。じゃあ、丁度良いくらいかな」

 そわそわと窓の外を覗き込む。薄暗いフィルムが辛気臭いので窓は半開きだ。そこに流れているのは見慣れた童実野の景色で、ああ帰ってきたのだなあという実感も一入である。世界中飛び回ることは度々だが、こういう実感は廃れないものらしい。ぼうっと心の中で十分をカウントしていると、車が荒々しくブレーキの悲鳴を上げる。慣性の法則が体を前方に引っ張るせいで堪らず前の座席に手を付いた。

「何だ!どうした?」
「いえ、人が急に……」
「おい轢いたんじゃないだろーな!待ってろ!」
「モ、モクバ様……っ」

 ドアを蹴飛ばす勢いで開け、道路に飛び出す。急停車したのだから後方からクラクションのひとつでもぶつけられてもおかしくなさそうだが、黒塗りの車に本能的に何かを察知するのだろう。後続車は事故を起こすこともなく隣の車線に流れている。

「おい、大丈……」
「あ、やっぱり!歩いてたら顔が見えたから!」
「お前……!」

 車の数センチ前に突っ立っているのは、満面の笑みを浮かべた少女だ。轢かれそうになったことなど全く気づいていないように、親しげに手を振っている。

「城之内の妹の……静香、だったっけ」
「そう!良かったー忘れられてなくって!お久しぶり!」
「お、おう久しぶ……いや、そうじゃなくて!お前危ないだろ!轢かれるとこだったんだぞ!?」

 一瞬目をきょとんと丸めていた静香は、納得したように声を上げた。のんびりとちょっとドキドキしちゃった、などと微笑んでいる。誰もお前の感想なんか聞いてないしちょっとどころじゃねえよ。悪態が口に出せなかったのは、相手の搭載している雰囲気があまりにのんびりしているからだ。ここで怒鳴り上げたところで理解してもらえるのかどうか。

「どうしたの?」
「いや……とにかく、車の前に出ちゃダメなんだぜぃ。危ないからな」
「そうよね。モクバくんも気をつけてね!」
「……」
「あ……急に飛び出しちゃってびっくりさせちゃったかなあ。ごめんね。でもお兄ちゃんがどうしても話を聞いてほしい時はこうするって言ってたから……」
「城之内にもう一回聞いた方がいいぜぃ、絶対止められるぞそれ……」

 城之内のことなので、恐らく喧嘩か何かの時の話を語って聞かせたのだろう。そしてこの妹はそれを誤った方向に使用してしまったに違いない。

「で?」
「え?」
「……『どうしても話を聞いてほしい』んじゃねーのかよ?」
「ううん。呼んでも気づいてくれなかったから」
「……それだけ?」
「それだけ」

 モクバは頭を抱えそうになった。『兄サマに比べて城之内は馬鹿だなあ』と思うことは多々あったが、妹も間違いなくその遺伝子を持っている。というか、城之内以上にひどい。とにかく危なっかしいのだ。そしてモクバは昔から、危なっかしい人に弱かった。

「……まあお前が百パーセント悪くったって、轢きそうになったことは事実だもんな……。お前今ヒマか?」
「え?うん……学校お休みだし、お兄ちゃんのところに遊びに行こうと思ってたところ」
「じゃあちょっと付いて来な。一応どこも異常無いか医者に診せるから」
「そんな、いいよいいよ。どこもぶつけて無いし……」
「詫びするって言ってるんだよ!ほら!」

 静香の後方に回って、戸惑っているその背中をぐいぐい押す。一部始終を困惑して見守っていたらしい磯野が即座にドアを開けた。
 遭遇の仕方はめちゃくちゃだったが、モクバと静香の交流はこうして始まったのである。

「あ、来た来た!モクバくーん!」
「おっ、お前!大声出すなよな!」
「え?なんで?」

 座っていた席から立ち上がって手を振る静香に駆け寄り、その手を強引に引っ張って座らせる。静香は全く気づいていないようだが、静かな店内では明らかに目立っている。クスクス伝え聞こえる忍び笑いが恥ずかしくてたまらなかった。

「大体、何でいっつもこんな店なんだよ……。待ち合わせならどこだっていいだろ。それこそ家でもいいし……兄サマはあんまり良い顔しないと思うけど……」

 華やかな色と落ち着いた小物や花で飾られた喫茶店は、モクバに帰れ帰れと囁いているようだ。周囲を見回しても十代後半以上ぐらいの女性客しか見当たらない。会食やパーティーには慣れていても、こういう店の独特な雰囲気には慣れることができそうになかった。

「だってモクバくんチョコパフェ好きでしょ?」
「……好きだけど」
「ここのパフェすごくおいしいって有名なの。楽しみー」

 細かい男心なんて汲んでもくれないから女ってやつは。口の中だけでもごもご呟きながら運ばれてきた水を一気飲みする。確かにモクバは甘味が好きだ。中でもチョコレートパフェはその頂点に君臨している。だが、だからと言って人前でそれを披露するのは……いや、何も恥ずかしいことはない。ないが、やっぱりちょっと男としては抵抗がある。

「海馬さん、私のこと嫌いなの?」
「へ?なんだよいきなり……」
「だって良い顔しないんでしょ?」

 心配そうな表情の静香に呆れる。何故そういうところだけちゃんと聞いているのだろうか。

 兄は静香が嫌いというよりは、単に城之内の妹だから気に入らない、という反応をするだろう。何か一でも気に入らない要素があったら、残りの九も排除したがるような人だ。だがここ何度か一緒に話していて静香が自分の兄大好きであることは充分伝わってきている。そこにモクバの兄の認識を差し挟むのはさすがにやり辛い。

 だってオレも、兄サマのこと大好きだからな!

「えーっと……まあ、そういう人なんだよ。お前に限らず」
「ふーん」

 そこまで深く考えての言葉では無かったのだろう、納得したのか静香はウェイトレスにケーキセットとチョコパフェを頼んでいる。相変わらず切り替えが早いというか何と言うか。ここらへんは城之内にそっくりだな、といつも思う。

「海馬さん元気?」
「うん……でもまた仕事で根詰めすぎかなー。本当、集中したらオレが何言っても聞いてくれないんだぜぃ!今日来れたのも兄サマがやっと休み取るって言ったからだし……」
「じゃあ、海馬さんと一緒にモクバくんも頑張ってたんだね。偉いよ!」
「……そ、そんなことねえよ!オレがやりたいからやってるだけだしな!兄サマの力になれたら嬉しいし!」

 にこにことモクバの言葉を聞いている静香に居た堪れなくなり、城之内はどうなんだよと聞き返した。すると、静香の顔はたちまち明るくなる。度々静香とこうして会って、何をするでもなく時間を潰すのは、兄についてで意気投合したからだ。兄を持つ者同士、お互いに大好きな兄の自慢や愚痴をブチ撒けるのは楽しかった。

「この前一緒に水族館に行ったの!バトルシティの時に楽しかったからって……たくさんバトルシティの話が聞けて楽しかったよ」
「へー、水族館か。そういやお前、あの時最初から居なかったんだっけ」
「でもお兄ちゃんったら時々海馬さんにヒドイこと言うんだもん。ちゃんと違うよって教えておいたから!」
「おー……おう。ありがと」

 言わば犬猿の仲、最早お互いに悪感情を持っているのは仕方ない、とモクバは客観視している。だが、せっかく兄のことを正しく伝えてくれたのだから、わざわざ何か付け加えることも無いだろう。運ばれてきたパフェに早速スプーンを突っ込む。

「おいしい……!」
「そーだな。うちで食べるやつといい勝負かも」
「パフェもおいしそう……!」
「……お前なあ、オレより年上ってカンジ全然しないぜぃ」

 何で何でと問い詰められてうるさいので、モクバは生クリームとアイスの乗ったスプーンを差し出した。満面の笑みでぱくつく静香を見ていると、餌付けか何かしているような気分だ。完全に精神年齢が逆転していると思う。

「今日は?」
「ん?」
「またどーせ『お願い』があるから呼んだんだろ?」

 前回は静香の友人のパソコンが壊れたから、前々回は兄に内緒でプレゼントを買いたいから、英語ができると言ったら英語の勉強を教えるよう頼まれたこともあったし、M&Wのルールを勉強中だからと対戦相手になったこともあった。ここまで来ると年齢逆転も決定的だろう。待ち合わせで食べる物の代金なんてモクバからすると微々たるものだが、それでも静香におごってもらうのはそうでもしないと割に合わないからである。

「えへへ……お兄ちゃんと決闘したらまた負けちゃって……」
「そりゃそうだぜぃ。城之内、今かなり強いもんなー」
「うん!」

 静香があまりに嬉しそうに頷くので、兄サマほどじゃないけどという言葉はぐっと我慢した。

 ともあれ、いくらやっても歯が立たないので、デッキを見てカードショップに付き合ってほしいとのことだ。確かに、今までカードゲームに縁の無かった人間がカードショップに足を運ぶのは敷居が高いだろう。中にはガラの良くない店もあるし、誰かに相談するのは懸命と言える。モクバは兄と一緒にゲーム屋をよく見て回るから、そこらの良し悪しも詳しいつもりだ。

「こっそり強くなって、びっくりさせたいの!」
「……オレも、いつか兄サマに勝ってびっくりさせるのが夢だぜぃ」

 だから静香の気持ちが、モクバにはよく分かる。自分が見ている時はいつでも兄に勝っていてほしいと思うけれど、兄と対等に渡り合えたらとも思うのだ。

「よし、仕方ねーからついてってやるぜぃ!」
「ありがとうモクバくん!」

「カードはいっつも遊戯さんのところで買うんだけど、カードショップって面白いね!」
「まあ……ピンからキリまでだけどな。ここは……ええっと、海馬コーポレーションの系列、だし」
「そっか……じゃあ良いお店のはずだね!」
「お、おう……ったり前だろ!」

 カードショップから出たところで、一瞬だけ、こんなところでも商売かなんて言われるかもしれないと思った。でももちろん静香はそんなこと言わない。それにむず痒いような気持ちになる。

 同い年の部下は結構居た。正式に雇っているわけでもないが、勝手に媚びへつらってくるような奴らだ。だがそんなのも虚しいと気づけば居ないのと同じだ。本当の友人を作ることは難しい。その「本当」の基準だって曖昧だ。

 だがもし、今誰か名前を挙げようとするなら――

「キャッ!」
「お、おい!」

 少しボーっとした隙に静香が段差に足を引っ掛けて転んだ。いたた……などと言いながら起き上がっているのを助け起こす。

「大丈夫かよ……本当お前年上じゃないぜぃ……」
「大丈夫大丈夫。私結構こけるの。絆創膏いつも持ってるし……」

 擦りむいたひざに絆創膏を貼っている静香を呆れて見下ろす。相変わらず放っとけない人間だ。おまけにモクバの心配など露知らず、本人は晴れやかな笑顔で顔を上げる始末である。

「よし!――どうしよっか、これから。またハンバーガー屋さんで決闘する?」
「あ、ああ……うーんそうだな、さっきの店で闘ってみても良かったけど、運悪くカモにでもされたら厄介だもんな……」
「じゃあ、お兄ちゃん呼んでもいい?今日は確かヒマだって言ってたから、皆で決闘!ね?」

 目を輝かせている静香は、二人で唸りながらさっきまで組み立てていたデッキを早速試してみたいのだろう。それが分かるので意地悪に笑ってやる。こっそり上手くなるんじゃなかったのかよ。静香は照れたように笑みを返すだけだ。

「いーかもな!そうだ、城之内呼ぶんなら、遊戯んとこ連れてってもらおうぜぃ!どーせアイツもヒマな日曜日だろうし!」
「遊戯さんも?楽しそう!」
「そうと決まれば連絡だな。待ってろ、オレの携帯……」

 ふと。

 元々かなりのイタズラ好きであるモクバは魔が差してしまった。携帯を持ったまま意味深に笑ってみせる。静香は不思議そうに目を瞬いた。こいつも結構ノリ良いとこあるからな、モクバは唐突な計画を静香に打ち明けた。

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