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弟妹同盟。(モクバ+静香+ほんのり表海)



「瀬人様!」
「……何だ。仕事中だぞ」
「し、失礼しました……!しかし、お客人がエントランスの花瓶を割ってしまいまして……!」

 頭痛がしそうだ。ペンを置き、立ち上がって書斎を出る。事態を知らせに来た使用人は、始終慌てた様子で、お止めしたのですがとか何とか言い訳をまくし立てている。そう言えばあの花瓶は高価な物だったかもしれない。剛三郎が得意げに客に説明していたのを聞いていた覚えがある。くだらない記憶だ。

「海馬さ、じゃないお兄ちゃん!」
「やめろ」

 どこから持ち出したのか、ハタキを手にした静香はエントランスの前に情けなくしゃがみ込んでいる。そしてその目前の大理石の床には、見事に粉砕された花瓶の欠片、そして花や水が派手に飛び散っていた。さすがに静香は真っ青になっており、懸命に欠片を集めようとしている。

「ご、ごめんなさい……!ちゃんと弁償します!っ!」

 拾い方が荒々しいためだろう、その手のひらに赤い線がピッと走った。何もかも予想通りというか、ある意味裏切らない人間である。胃がひっくり返りそうなほどの苛つきを覚えながら海馬もそこにしゃがみ込んだ。使用人が気を利かせて持ってきた布を奪い取り、静香の手のひらに巻いてやる。

「あの……」
「あれは貴様のような貧乏人に易々弁償できる額ではない」
「ありがとうございます……」
「勘違いするな。貴様は今、モクバの代わりなのだろう。モクバが怪我をした時と同じことをしているだけだ」

 沈黙がその場を支配する。あともう少しもすれば、使用人たちが集って花瓶を片付けにかかるだろう。

「海馬さんは……お兄ちゃんのこと嫌いかもしれないけど……海馬さん、お兄ちゃんに似てます」
「そんなわけがあるか。オレと奴は雲泥の差だ。一緒くたにするな」
「お兄ちゃん……誤解されやすいみたいだけど、本当はすごく優しくて、いつも私のこと心配してくれるんです。だから私も、お兄ちゃんのこと大事にしたいなって思います」

 やっぱり海馬さんはお兄ちゃんに似てます。

 馬鹿馬鹿しいので返事もしなかった。仕上げに布をキュッと結び、立ち上がる。そのまま立ち去ろうとしたが、ふと花が目に留まったので、そのうちの一本を適当に拾い上げた。そしてそれを静香に渡す。

「どうせこの家には最初から花や――高価な花瓶など不釣合いだったのだ。オレが頂点に立った今でも不要なだけだ。それはくれてやる。花瓶はもういい。これに懲りたらさっさと帰れ」

 今度こそ廊下を逆戻りしようとしたが、白い花を一輪、大事そうに抱える静香に呼び止められた。背筋が極限に粟立っているので正直もう勘弁して欲しいのだが。

「ありがとうございます!」
「貴様のためじゃないと言っただろう。門違いだ」
「あ!私分かったんです!お兄ちゃんじゃなくて、兄サマって呼べばいいんですよね!」
「だからさっさと帰れ!」

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