すっかり日の落ちた空には相変わらず重苦しい雲がかかっている。湿った風も身を切るように冷たい。けれどいつしか、雨は止んでいた。時折、風に押し流される黒い雲の隙間から月明かりが見える。14人も押し込んでいた部屋から逃れ出た頬になら冷たい風も心地良い。
「止んだなあ、雨。明日はゴキゲンに晴れてくれるとええんやけど」
依織はまた、縁側に座っていた夏準の隣に立って影を作っている。うさんくさい笑みを一度だけ見上げ、すぐに視線を雲の流れに戻した。背後では片づけの大騒ぎをトラックに、アレンと珂波汰が曲の詰めで激しくヴァースを繰り広げている。夏準はどうやら片づけを免除されたらしい。人でごみごみした台所に踏み入れたいとは思わないので有難く空白の時間を享受している。
家に上がり込まれてはたまらないからと、アレンと珂波汰の打ち合わせ場所は翠石組になり、それなら那由汰やTCWの子供たちも夕飯に呼ぼうとなり、夏準のことをおおごとにしたアレンを心配した大人組も付いてきた結果、全員大集合となってしまったらしい。ここのところ毎晩のように聞いていた静寂がここにはまるで存在しない。
「あの二人。アンタが倒れた時、迷わず命張ってたで。ホンマに1秒もや」
依織をもう一度見上げる。笑顔は変わっていないはずだが、どこかその笑みの印象が柔らかく変わった気がする。作られた陰に目が慣れたせいだろうか。
目覚めた時、アレンもアンも命がけの救出劇だったことを口にしなかった。けれどメタルに浸食されて反作用に塗り潰された精神世界に入り込むなんて真似、リスクが伴わないわけはない。命をかけるはずが、命をかけさせた。それは確かに、決して忘れてはいけないことだった。
だが、どうにもならないこともある。雨や風と同じだ。燕財閥でさえコントロールできない外部要因。それに振り回されもするし、それがあるから闘えもする。
「そういう奴らは責任取って最後まで面倒見ぃなアカンなあ」
「……そうですね」