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幸福の匙加減 (パラレル)



 白い部屋の白いベッドで様々な計器に囲まれながら、あの人の言葉を思い出していた。神はキースを愛してくださるから、このような試練をお与えになったのだろうか。生まれて初めて、あの人のことを疑った。自分は本当は何からも許されていない存在だったのかもしれない。

「あ、起きてる。気分はどう?」

 誰も居ないものと思っていたので少し驚く。視界を覗き込んできたのは、東洋系の優しげな目元をした女性だ。白い衣服と髪をまとめる帽子が、言葉が無くとも彼女の職業をキースに教える。反射で警戒していた体の力をそっと抜いた。そして珍しいと思う。キースがやって来た経緯をこの病院のスタッフは皆知っているようで、まるで腫れ物のように扱われてきたと言うのに、彼女にはそんな素振りが無い。ひょっとして新人で、何も知らないのかもしれない。

「ナースさん、私にはあまり近づかない方がいい」
「どうして?」
「……傷つけてしまうかもしれない」

 黒目がちな瞳がきょとんと丸くなり、柔らかく綻んだ呼吸がくすりと零れる。驚くキースを宥めるようにナースは微笑んだ。東洋系は本当に年齢が分からない。18のキースと同じか、下手をするとそれよりずっと年下にも見えるのに、この女性はまるでベビーシッターで面倒を見ている子供のようにキースを扱っている気がする。

「ごめんなさい、同じようなことを言った人を知っているから」

 キースにはよく分からないが、それはナースの機嫌を上向かせる言葉だったらしい。電動ベッドを起こし、手際よく血圧や体温を測る間も笑顔のままだ。私は、NEXTなんだ。自分でも未だに信じることのできない事実をうわ言のようになぞる。何やら数値の計算をしていた彼女は、それをじっと見上げることしかできないキースと不意に目を合わせた。驚いた様子は無い。

「知ってるけど……」
「能力が発現したばかりで、うまくコントロールができないんだ」
「慣れないことは誰だってうまくできないと思う。私だってチャーハンの味じゃまだ虎徹君に勝てないし」
「……コテツ君?」

 よくぞ聞いてくれました、とでも言いたげな得意げな顔でキースの目の前に左手が差し出される。その薬指にはマリッジリングが嵌められていた。そのあまりにも幸せそうな表情にキースの頬もつい緩んでしまう。

「羨ましいけどなあ。私も今からでいいから、大切な人を守れる力がほしい」

 抗生物質の点滴をしますね、簡単な説明の後、パックの準備をして針を刺すためにナースは傷だらけのキースの腕を取った。私はヒーローが好きなの。隠し事をこっそり教えるような小声だ。屈んだ女性のネームプレートがキースの視界に入る。トモエ、カブラギ。

「その力はね、きっと、貴方が誰かのヒーローになるために神様が与えたものなのよ」

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