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幸福の匙加減 (パラレル)



 人が死ぬのはとても悲しいことだ。それがほとんど話したことのない、町の中の隣人の一人であったとしても。しかし教会の鐘の重い音をぼうっと聞いていると、泣き疲れたキースを節くれ立った手が優しく撫でてくれる。それだけは嫌いではなかった。

「もう泣かなくていい。彼は神の御許に間違いなく召された」

 しわがれた柔らかい声が紡ぐ言葉は何度も聞いてきたものだ。でもその先の言葉が聞きたくてキースは黙っている。風が少し冷たい。だがとてもいい天気で、空は高く雲は白い。あの向こうに主が坐すのだろうか。

「主はお前のことを深く愛しておいでだから、天からお前の祈りを見ているよ」

 神に仕えるその人が言うのだから、きっとそれに間違いは無いんだろう。幼いキースはそう信じ、一層強く亡き人のために祈った。もしキースの親愛なる恩人がこの世に神など居ないと言わなかったら、普段は頼もしくお茶目な彼が酒で嗚咽を呑み込まなければ、今でもキースは毎週ミサに参加していただろう。教会はなんとなく疎遠になってしまったが、それでもキースは神の存在を信じているし、毎日祈っている。

 本当に神が私に一匙の愛を与えてくださるのなら、それが他の誰かのカップの幸福になれますように。

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