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2 pm – 2

「なにこれ! すっごくキレイ! シェアしてもいい? 夏準が作ったって自慢するね!」
「お好きにどうぞ」

 鮮やかなピンク色が躍るダイニングテーブルの上で手を広げるなり、アンは大はしゃぎでスマホを構えた。ほらお皿持って、などとちゃっかり夏準までカメラに収めている。自分から言うことでもないが、さぞバズるに違いない。それを一歩引いて眺めるアレンの表情も馴染みのない間食に興味深げだ。平皿の上に並べたのはツツジの花を飾った花煎、三人分のガラスボウルにはこちらもツツジの花を浮かべた花菜。どちらも伝統菓子のレシピを調べ自分なりにアレンジしたものだ。夏準の顔と料理の腕に高い評価と信頼を持っているアンは、夏準の簡単な解説もフンフン前のめりで聞き入っている。その隣の味覚音痴は「へー」などと薄い相槌を漏らすだけだが。

「でも良かったの? 使っちゃって」
「ツツジは長く持たないみたいですから」

 つい昨日、我ながら浮かれて花束を持ち帰った自覚はあるので、アンの印象にも強く残ったのだろう。苦笑をひとつ零し皿から花煎を一枚摘まみ上げた。ほのかな温かさが蜂蜜ともち米の甘い香を匂い立たせている。

「枯れるくらいなら鮮やかなうちに」

 薄く柔らかい生地に一口歯を立てて咀嚼する。初めて作ったがそれなりに満足できる出来だ。その満足を笑みに乗せてアンとアレンに傾ける。

「ボクの中に収めてしまったほうが花も幸せでしょう?」

 二人も遠慮せずどうぞ、美味しいですよ、皿を押し出してやるが反応は思わしくない。いつもの通り、せっかく「ついで」に二人分追加しているというのに。なんとも言えない表情を見合わせている二人に今度は不満足を遠慮なく出させてもらう。

「なんですか? その反応」
「何って……夏準の全開を浴びた時の反応でしょ」

 何故だか呆れ顔の二人は腑に落ちないが、気にせず椅子に腰かけると二人も夏準に続いて正面の椅子を引いている。なんだかんだ言っても味は気になるのだろう。花菜をスプーンで掬ってたちまち明るくなるアンの表情に溜飲を下げる。ここまで来たらと合わせて淹れた菊花茶を二人分、これも「ついで」に注いでやる。

「そう言えば……ツツジには有名な詩があるんですよね。馴染みのある花ですから人気があって」
「へえ、どんなの?」
「別れの詩ですね。どこかへ行ってしまいたいならどうぞ。その道に腕いっぱいに摘んだツツジの花を撒いておいてあげます……そんな内容だったと思います」
「おお、movingじゃん」
「それを踏みにじってお好きにどこへでも、こちらは嘆いたりしませんから、と続きますけどね」
「……夏準が書いたやつ?」
「アン、何か?」
「いやいやー、夏準のみたいにcoolなリリックだねって」

 笑顔を再び傾けると、アンも引きつった笑みを返してくれる。和やかな時間だ。スプーンを行儀悪くくわえたアレンはやや身を引き、無情にもアンの発言に一切関与していないことを無言でアピールしているが。

「まーでもさ、夏準は優しいからね。素直じゃないけど。口ではそんなこと言って、背中押してくるんだよね、絶対」

 頬杖をついたアンが、こちらも行儀悪くスプーンで夏準を指し示している。その言葉に思わず笑みを取り落としそうになってしまった。アンには夏準がやはり「そういうやつ」に見えているのだと思うと少しくすぐったい。取り落とした笑みの代わりに目元や口元が勝手に緩んでしまいそうだ。今ここに在るのが、苦しげに歪む表情を浮かばせる自分でないことを誇りに思う。

「ええ、もちろん。その通りですよ、アン。ところで……アンの好きな花は何ですか?」
「ちょっともー、絶対撒く花決めてるじゃん」
「アレンの好きな花は?」

 けらけら笑い始めたアンに気分を良くしてアレンに水を向けた。また新しい曲のことでも考えているのかここ数日妙に大人しい。きょとんと丸くなる目を呆れて眺めていれば、何故だか気まずげに視線が逸れていった。

「特にこれってのはないけど……敢えて言うなら桜かな」
「あー、そうだね。日本に居ると好きになっちゃうよね。春になるとコスメとかフレグランスとかカフェのメニューまで桜だし。僕も結構好きかも」

 楽しげに話を繋げたアンは、アンバーをそのまま嵌め込んだように輝く瞳を細くした。いたずら少年の笑みで夏準に身を乗り出し覗き込んでくる。

「桜だったら勝手に散ってくから撒けないね?」
「簡単に地面一面に敷き詰められそうですね? 踏まないように気をつけて行ってくださいね」
「そのままお花見でもいいよ! 僕は」

 またアンがけらけら子供みたいに笑う。「いつか」そんな日が来て、敷き詰めた桜の花を風が綺麗に払ったら、それは美しい景色に二人は足を踏み出すのだろう。その美しさに多少は心が慰められるのかもしれない。

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