草木も眠るような刻、小雨の降り始めた重たい夜気の中を静かに進んで部屋の前まで戻れば、長谷部はまだ縁側でぼうっとしている。さすがにぎょっとするが、それは向こうも同じようだった。
「こんな時間まで道場に居たのか」
「……そんなわけあるか」
そう言えば確かに、道場に行くと言って出たまま一度も部屋に戻っていないのだった。そうすると今までの自分の行いがまるで幼子の駄々のように思えてきて、誰にともなく気恥ずかしくなる。なんと言っても着替えすらしていないのだ。しかし何故だかすっかり疲れていて、何もしたくない気分だ。どさりと長谷部の横に腰を下ろして布に包まる。
「お前は……こんな時間まで何をしているんだ」
「伝言を頼まれた、ような気がした」
相変わらず長谷部は何を考えているか分からない。少し咀嚼してみるが、やはり何も分からなかった。思い当たることは昼に話していた夢の話だけだ。
「……夢の男にか。だったら眠らないと会わないだろう」
「それもそうだな」
山姥切の一言でさっさと縁側から部屋へ戻っていく背にすっかり呆れる。いそいそと布団に入っていくので慌てて声をかけた。長谷部、声をかけると枕に頭を乗せてから長谷部が答える。なんだ。
「……俺は、もう少しここに残ることにする」
もう少し考える時間が必要だと思った。一期の申し出は、今思えばそれなりに有難いものだったと思う。──考える時間が必要であれば、何も外でなくとも、ここでも構わんはず──
「そうか。じゃあ……俺もそうする」
「おい、だから……」
相変わらずの即決に呆れて縁側に手を付き体ごと振り返ったが、長谷部は枕から頭を少しも動かさない。
「主は仰ったからな。ここを出て……仲間を探せ……長谷部のためを思ってくれる仲間を……」
どこか声が次第に緩慢になっていく。山姥切の驚きをよそに。
「お前を逃がすと……当てが……なくなる」
すう、と寝息が始まってしまった。呆れて物も言えないとはこのことだと思った。
「……なんだそれは」
痛む頭ごと布に包まって、結局朝までそうして眠っていた。そうして、風邪を引くぞと平然と起こされ、なんとも理不尽な気分を味わうことになってしまったのだった。