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瑶台下



※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14076150

「あつい」

 脳天を煮詰めるような熱を逃がす術を知らず、うわ言のように声が出た。そんなものでは気すら紛れず、幼子がむずがるように首をゆるく振る。汗がじっとり髪を額に張り付けている。あつい、もう一度呟こうとして叶わずにあ、あ、あ、と間抜けに一音だけ続ける。息が詰まるほどの甘い痺れに、また熱が増した。宥めるような手が胸元に触れるが、それも何かを灼き付けるように熱い。吸って、吐いて、男の手のひらの上下に呼吸を合わせる内に息は通るようになったが、知らずに視界が少し滲んだ。真上でそれを余さず見つめているわざとらしいまでの優しい笑みがぼやけて流れる。

「なにか、いちご」

 命乞いをするような、哀れな声だった。それが何やらおかしく、照れくさく、は、と小さく笑気を零したがうまく笑えたか分からない。ぴりぴりと指先まで痺れの伝う手を伸ばすと、中指の先から手のひらをつ、となぞられた。は、あ、と今度は二音が続いた。体を思わず捩ったが、逃がさないとばかりに片手で腰を押さえられた。もう片方の男の手は相変わらず弱く伸ばした手のひらの上を何度も愛で撫ぜている。その度に体が跳ねる。今や何が痺れの由かも分からない。

「なにか」

 もどかしい男の指に縋るように己の指を絡めた。湿った手のひらが合わさってやはり熱い。力を込めて男の手を握っているのに、男はやはり柔らかく笑うだけだ。ぽたりと、胸の上で男の汗が跳ねた。銅鑼のような黄金の両目だけが薄暗がりにやたらと明るい。男は見ている。何もかもひとつも余さず。三日月を見つめている。しかし三日月が求めるような言の葉は何ひとつ落とそうとしないのだ。まるで死人に触れられているようだ。

「あまつくにに、」

 荒い息の隙間から何とか言葉を絞り出すと、肩を上下させている男はひとつ不思議そうに目を丸め、耳を傾けんとばかりにゆっくりと体を倒した。あ、ああ、と今度は悲鳴じみた声が漏れて止まらない。だが間近にある顔はそれを慌てることも厭うことも労わることも無くただただ甘い笑みを浮かべるのみなのだ。だから三日月もそれを何の誤りもない快いものとして受け止める。この目の前の男が死人なら別に、それはそれで構わないと思った。そんな自分の熱に浮かされた考えがおかしい。ふふ、笑みの振動でまた体が痺れる。

「あ、あまつくにには、おとがないらしい」

 笑みが落ちた。しかしそれはすぐに深いものとして眼尻に口角にと刻まれている。男がくすくす笑う度あ、あ、と声が漏れ、男が三日月の眦を丁寧に舌で拭う度に体がびくりびくりと震える。男はそのまま三日月の耳元に唇を寄せ、音もなく吐息だけで三日月の欲しがったものをありったけ注いだ。

(2018-09-09)
三代目いちみかワンライ「ささやき」

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