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ワン・アンド・オンリー・ユー



「ねえ、キーパーのお兄ちゃん」
「んっ?なんだ?」
「一緒にお風呂入ろっ!」

 円堂が表情まで決め兼ねているのは初めて見た。面白いのでそのまま放っておいても良かったが、夕香の「ねえねえ」攻撃に晒され続けてかわいそうになってきたので夕香の肩を叩いた。

「夕香はお兄ちゃんと入ろう」
「そうだよ!三人で入るのっ!」

 円堂が今度は噴き出して咳き込んでいる。苦笑して夕香の頭をぐりぐりと撫でた。

「我慢」
「ええー……」
「キーパーのお兄ちゃんは、お客さんだろ?ゆっくりお風呂に入ってもらおう」
「うん……」

 今日は宿題は無いのか、そう聞くと途端に夕香の顔が明るくなる。豪炎寺に見てもらうためにいつも遅くまで済ませないで待っているのだと、つい最近フクに教えてもらった。取ってくる、と部屋へ急ぐ夕香を見送る。今の内にと円堂に風呂を勧めた。

「え……でも……」
「夕香と入りたいのか?」
「いや、そうわけじゃなくってさ……」
「もうお風呂は沸いてますから、夕香ちゃんにも早く入ってもらわないといけませんし、お早めにどうぞ」

 食器を洗いながらフクが言うと、円堂は大人しくぺこりと頭を下げる。やはり人の家だと調子が狂うのだろう。それが円堂でもだ。その様が少し面白い。
 円堂が出て行ってもまだ夕香がリビングに戻ってくる様子が無いので、電話の子機を手に取って冷蔵庫の前に立つ。携帯電話のおかげでほとんど出番が無いサッカー部の連絡網だ。もちろん雷門中のもので、イナズマジャパンにそんなものは無いが、電話をしたいのは円堂の家だから問題は無い。
 番号をプッシュしてキッチンから離れる。いくらなんでも、どこに行ったか分からないままにしておくのは落ち着かない。もし本当にケンカしたまま飛び出してきたというなら、一晩帰ってこないのはさすがに心配だろう。合宿所に戻ったと思っているかもしれないが、一言あった方がいいはずだ。円堂に黙って勝手にそんなことをしてもいいのかは分からなかったが、既に耳元ではコール音が鳴り響いている。円堂は頑固だから、説得はきっと無意味だろうと心の中で言い訳する。
『はい、もしもし?円堂ですが』
 一度円堂の家に上がって、夕飯をご馳走になったことがあった。その時に聞いた声で間違いない。豪炎寺です、と答えると途端に声のトーンが上がった。どうやら覚えてもらっていたらしい。

「あの、」

『突然お邪魔して、迷惑じゃなかった?もうすぐ外国で遠征だって言うのに……帰ってきたと思ったら豪炎寺くんのとこに泊まりに行くって言うから、びっくりしたわあ……』

「え……」

『どうしたの?迷惑だったら、遠慮なく放り出してね!』

「あ……いえ、その……円堂……くんは、ちゃんとうちに居ますから、って……」

 そんな女の子でもないのに、真面目なのね、なんてからからと笑われる。今周囲に誰も居なくて本当に良かった。きっと真っ赤になってしまっている。電話を切ってから、ほっと息を吐き出した。

「お兄ちゃん、誰と電話?」
「……ちょっとな」
「お兄ちゃん、顔まっかだよ?」

 そう言われると、まっすぐにこちらを見上げる夕香に視線が合わせられなくなって困る。いつの間にリビングに戻ってきていたのか。幸い、夕香はそれ以上は気にした様子も無く宿題を広げ始めたので隣に座る。

 なんだ、ケンカなんてしてないんじゃないか。
 しかも最初から、ここに泊まるつもりだったのか。

 最初からそう言えば良かったのに、どうして嘘なんかついたんだ。

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