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ワン・アンド・オンリー・ユー



「円堂?」

 アジア地区予選に勝利したイナズマジャパンには、決勝の地、ライオコット島に向かうまで数日の猶予が残されていた。久遠監督はその期間を調整として、合宿という形にこだわらず、家の近い者は家からの練習参加も許可していた。虎丸のことを配慮してだろう。殆どの者は合宿所に残った――全国から選手を集めているのだから自然とそうなる――が、豪炎寺は夕香の熱望もあって家から通うことにしている。
 今日も練習を終え、いつも通りに家に帰り着いた。しかし全てがいつも通りというわけではなく、マンションのエントランスで開かない自動ドアをじっと眺めているのは、どう見ても円堂だ。

「あっ、豪炎寺!」

 あからさまにびくりと身を縮めた円堂は、ジャージに小さめのワンショルダーのリュックと、軽装だ。鉄塔広場から合宿所に戻る途中だったのだろうと推測する。

「どうしたんだ?何か用か」
「あ……いや……」

 珍しく歯切れが悪いな、そう思いながら鍵をポケットから取り出す。鍵と言ってもカードキーで、うっかりすると失くしてしまいそうだから豪炎寺はあまり好きではない。

「うちに寄っていくか?おやつくらいなら、何か出してくれると思うぞ」
「あのさ!」

 円堂の声はただでさえよく通るのに、静かなエントランスはそれが倍になっているようだ。一歩踏み出してきた円堂のスニーカーが、石の床の上でキュッと音を立てた。

「……ん?」
「オレも、家から通うようにしたんだけど、母ちゃんとケンカしちゃってさ。帰るに帰れなくて……合宿所も考えたんだけど、もう家帰るって言っちゃってるし……」

 円堂の話は全てが意外のことだった。勝手に円堂は合宿所に残るのだろうと思っていたし、この局面で家族とケンカというのも想像しにくい。何と返していいか分からず沈黙していると、もう一歩、円堂が前へ歩み出てきた。

「と、泊めてくれないか!今日、今日だけでいいからさ!」

 勢いに圧されて半歩だけ下がる。円堂の目は真剣そのものだ。ここで断られると路頭に迷う、くらいの気迫を感じる。ここで豪炎寺が断ったとしても、円堂にはいくらでも行く当てはあるだろう。そもそも、早いところ家に戻れるなら戻って家族と和解しておくべきだ。世界大会はすぐそこなのだから。

「だが……」
「豪炎寺!」
「うちは、構わないが……」

 しかし円堂に強く出られるとどうにも折れてしまう。豪炎寺は円堂の必死に弱い。その必死がチームを支えてきたのかと思うと、尚更だ。ごめんとありがとうを繰り返して、飛びついてきそうな勢いの円堂に苦笑する。カードキーを通して円堂をマンションの中へ招き入れた。

 少し前、一度だけこうして円堂を家まで連れてきたことがあった。
 きっと円堂は、もう覚えていないだろうけれど。

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