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KSSC (ブレイク)



※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=406599

「うーん……サッカー……サッカー……これもサッカー……!」

 先ほどから円堂の唸り声だけが部室に響いている。鬼道は苦笑してそちらに目をやった。計り始めて5分ほどしか経っていないことを時計で確認する。あと何分耐えられることやら。

 今、学校は試験期間中だった。試験本番の一週間前、大会が近い場合は三日前から、学業集中のためどの部活も休みを余儀なくされる。さて家で簡単に復習でもしておくかと思っていたところ、豪炎寺が部室で勉強することを提案したのだ。最初は教室で、分からないところがあるという二人にアドバイスをしていただけだったが、試験前でピリピリしている一部の生徒に追い出されてしまったのである。まあ、円堂の声があれだけ大きいのだから邪魔にもなるだろう。仕方ない。

 しかし円堂にとって、部室での勉強は逆効果に思える。サッカー部の部室なのだから、当然その中にはサッカーに関係する物しか置いていないのだ。稀代のサッカーバカである円堂にとってこれは毒でしか無いだろう。案の定、落ち着かない様子でそわそわとボールに目を送っていた。そこで鬼道は提案したわけだ。

『これもサッカーと思えばいい。ここでいい点を取れば、補修や課題を気にせずにサッカーができるんだ。つまり、今頑張ればサッカーができる。サッカーに繋がってるだろう』
『なるほど!さっすが鬼道だな!』

 そして冒頭に戻る。さすがなどと言われたものの、やはり円堂のペンの進みは遅い。
 円堂は決してただのバカではない。洞察力もあるし、何より勘が良いのだ。問題は、サッカー以外のものに対する集中力、その一点に尽きる。口に出さずとも、『この間にも特訓して強くなりたいのに!』という感情が染み出していた。そういう向上精神はむしろ好ましいが、今はただのマイナスだ。

「……まったく。どこまでもサッカーバカだな」

 円堂の集中を崩さないように苦笑して、自分のノートに向き直った。雷門も決してレベルが低いわけではないが、帝国と比較すればやはり難易度に差が出る。今回の試験範囲はとうの昔に学習済みで、不安要素も一切無い。ペンでとんとんとノートを弾いて、さてどうしようかと思案する。
 と、正面の豪炎寺の手元が止まっているのが見えた。不思議に思って視線を持ち上げると、こちらをじっと見ている。困っている様子は見えないが、あまりそういう感情を表に出す男でも無い。何か分からない問題でもあったのだろうか。実のところ、鬼道は豪炎寺の学習のレベルに関してはほとんど未知だ。円堂のように致命的な欠点があるとは思えないが――

「豪炎寺、どうした?何か分からないか」
「いや……お前の目が綺麗だなと思ってな」

 不覚にも、という奴だった。息だか唾液だかとにかく喉に詰まって激しくせきこむ。原因の癖して、豪炎寺が甲斐甲斐しく背をさすってくる。せっかく束の間の集中を果たしていた円堂まで駆け寄ってきた。

「鬼道!」
「大丈夫か、鬼道」
「おま、お前は……突然何を言い出すんだ!」
「何言ったんだ?豪炎寺」
「いや……鬼道の目が綺麗だと言っただけだ」
「へー!」

 じっ、4つの目玉に間近で見つめられて思わず目を逸らす。これで何か底意地の悪い意図でも感じていれば、即座に憤慨し、軽蔑を返してやればいい。だがこの二人に限っては全くそういう感情を持っていないことが分かり過ぎている。だからこそ性質が悪いのだが。

「すっげー!ホントだ!ゴーグルで気づかなかったな!」
「だろ」

 宝物を見つけ出した冒険者のように豪炎寺の目は誇らしげで、何故か見ている鬼道が気恥ずかしくなるくらいだ。そういう時だけ分かりやすくなるな、と頭を抱えたくなる。普段が嘘のような子供っぽさだ。

「円堂、サッカーはどうした!勉強に戻れ」
「その前に!ゴーグル取って見せてくれよ!」

 そしたら頑張れるからさー!こちらも子供のような駄々全開だ。適当にあしらって何とかなりそうな勢いでもない上に、豪炎寺も興味津々と言った態でこちらを見ている。窓の外の曇り空に視線を飛ばし、諦めてため息を吐き出した。ゴーグルを下ろして目元を晒す。ゴーグル越しより視界が明るく広くなって、咄嗟に目を細めた。

「これでいいのか?」

 なんとか目が慣れて、何の反応も無い二人を見ると、案の定と言うか期待を裏切らずと言うか、喜色を隠さない二人の顔がそこにある。

「おおー!な!なあ!豪炎寺!」
「ああ。円堂」

 最早言葉でなく名前で会話している二人に心底呆れた。もういいだろう、とゴーグルを戻そうとすると、もう少しだけ!と円堂に止められてしまった。一体何が楽しいのか。

「こんなに綺麗なんだから、普段からそうしてればいいのに!」

 少し言葉に詰まった。そこには鬼道の弱さの全てが要約されている気がした。事実に、壁に向き合おうとしないこの曇った目が、きれいなわけがあるはずもない。悟られない内に話題を変えてしまおうと思うのに、鬼道のほんの少しの揺らぎすら、サッカーしか眼中に無いはずの二人には簡単に見つけられてしまう。この二人にはいつも、能天気にサッカーを謳っていてほしいのに。

「大した目じゃないって分かっただろう。もういいな。早く勉強に……」
「そんなことない!やっぱり……綺麗な目だ!」
「ああ、綺麗だ。悪かった、無理を言って」

 二人が見えるか?と笑顔を近づけてきて、馬鹿にしてるのか、と怒ったフリを返した。だがそう意識したのかはよく分からないが、この二人が見せたかったのは嘘のつけないその目だろう。信じろよ、と訴えかけてくるその目だ。

「オレたちしか知らないっていうのも、気分がいいかもしれないな」
「そーだな!もったいないけどな!」
「……っいい加減に勉強しろ!ここまでさせて、赤点なんか取ったら容赦しないからな!」
「ええー!」

 慌てて教科書にかじりつく円堂と、それを愉快そうに見守る豪炎寺。ゴーグルを戻しながら、もどかしく思った。

 分かってないのか、お前たちの目のほうがよっぽど綺麗だ。

(2010-04-17)

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