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KSSC (ブレイク)



「……円堂」
「ん?どーしたんだよ、鬼道」

 ザッ、ザッとほうきで校庭の地面を引っかく。夏の校庭掃除当番なんて、学生にとってはただの拷問のようなものだったが、日々炎天下の元練習に転げまわっているサッカー部にとってその日差しは何の問題にもならない。ただ問題になるのは目の前にサッカーボールが無いということで、その点で言えば拷問に違いはなかった。特に円堂にとってはそうで、返事にもどこか覇気が感じられない気がする。

「やっぱりおかしくはないか」
「何が?」
「オレだけに、その……KSSCとやらがあるのはやっぱりおかしい」
「そっかあ?」

 鬼道を見つめ返す円堂の顔は神妙で、鬼道の言っていることが少しも理解できないと言いたげだ。何だかそれに腹が立ってくる。鬼道が円堂や豪炎寺に感じている感情が、少しも報復できていないみたいだ。

「やっぱりお前にも……」

 長いほうきの柄にあごを乗せるようにして、円堂が小さく首を傾げた。確かに、鬼道は円堂や豪炎寺よりもまだ確実に持っていたいものがあった。それは常識やら良識やらそういうものである。今更手遅れだとか、そんなナリしといてなどと言ってはいけない。本人を目の前にすると、どうにもそういうものが阻害して言葉が詰まってしまう。

「……ご、豪炎寺にも必要だとは思わないか」
「豪炎寺に?」

 すぐに乗ってくるだろうと思っていた円堂は、意外にも驚いたように目を瞬いて、複雑そうな沈黙を口の中で弄んでいる。終いにはそれはちょっと、とまで切り出したので、眉根を寄せた。円堂が慌てたように両手を振る。ほうきが地面に倒れる前に鬼道がキャッチした。

「い、いやだってさ……」
「なんだ」
「は……恥ずかしく、ないか?」

 よくよく見ると、複雑そうな円堂の表情はわずかに赤くなっているようだ。今まで恥じらいというものがまるで存在しないような行いで鬼道の頭を重くしていたあの円堂はどこに行ってしまったのか。鬼道はその辺の生徒に2本のほうきを託し、表情を変えないまま円堂の腕を掴んで歩き出した。鬼道のしたいことがすぐに分かったからだろう。円堂の足取りは重いが、無理やりだ。

「わー!鬼道待ってくれよ!」
「お前も豪炎寺のことは好きだろう!」
「す、好きだけど……」
「何でオレは良くてアイツは恥ずかしいになるんだ!」
「……何でだろう……?鬼道大好きだぞ!」
「それはもういい!」

 無性に腹が立つと同時に、これはいい機会だとも思った。あの居た堪れないが悪いとも言い切れないくすぐったいものを、円堂や豪炎寺も存分に味わえばいいのだ。校舎に戻ってずるずると円堂を引きずる。豪炎寺は教室の前の廊下掃除の当番だ。こちらには気づいておらず、当番仲間と何事か話しているようだったが、声もかけないうちに振り返って駆け寄ってきた。

「円堂、鬼道。どうした」
「いいのか」
「何がだ」
「何か話していたんじゃないのか?」
「……呼んだだろ」

 繰り返すが、円堂も鬼道も一言も声を上げていないし、円堂の足取りが重いせいで距離もまだまだ残っていたのだ。うまく言えないが、一気に話を切り出すハードルが上がった気がする。鬼道はひとつため息をついて背後の円堂を押し出した。

「円堂が話があるそうだ」
「オレ!?」

 振り返ってきたので深く頷くと、円堂は唸って腕を組んだ。任されると疑問に思わない、なるほどコイツはどこまでもキャプテン体質だ。

「えーっと……ほら、オレたち鬼道のこと大好きだろ?」
「ああ、大好きだぞ」
「それはもういいって言っているだろう」
「でも、お前のことも好きだろ」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
「そうだ」

 少し前のようにわずかに首を傾げる豪炎寺に、円堂も鬼道も強く肯定を返す。そこを疑われるのはとてつもなく心外だ。円堂もそう思うのだろう。勢いをつけて身を乗り出す。

「だから!修也好き好きクラブも作んなきゃって!」
「……修也?」

 思わず繰り返した。豪炎寺も目を見開いて、豪炎寺なりに最大の驚きを示している。あっ、と何度か繰り返した末に、円堂はその場にしゃがみ込んで頭を抱えてしまった。

「ま……ちがえた……」

 何がどうなってこんな間違いになったのかは分からない。しかし鬼道は今更ながらに円堂が恥ずかしい、と言った意味が分かったような気がした。鬼道まで居た堪れない気持ちになってくる。驚きを心の中に収納した豪炎寺は、それを平然とした様子で見比べているようだ。

「急にどうしたんだ」
「いや……」
「別にオレはそんなクラブなくてもいい。円堂と鬼道がいれば、それで嬉しい」
「豪炎寺……!」

 豪炎寺もその場にしゃがみ込んで円堂の表情を覗き込む。感動した様子の円堂で話が終わってしまいそうだったので鬼道も慌ててしゃがみ込んだ。

「それはオレもそうなんだが……」
「でもオレたち鬼道のことスゲーッ好きだし!」
「だからそれはオレがお前たちのことを好きなのと何が違うんだ……」

 それぞれの方法で、嬉しさを表現しているその顔に違うと言いたいが、言い切れないので鬼道は黙るしかない。結局のところお互いのことが好きでしかない3人がそれを共有する。ふと、うんと豪炎寺が小さく頷いた。

「オレが思うのは……修也好き好きクラブになると、SSSCだろ?」
「……そうなるな」
「だから間違えちゃったんだって……」
「そうなるとエンブレムは温泉マークみたいになるだろ。だから嫌だ」


(元ネタ:にざかな『B.B.Joker』)

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