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KSSC (ブレイク)



 円堂と豪炎寺との間で最近、「はんぶん」が流行っている。

 と、言うことに気づいたのはつい最近で、実のところ円堂と豪炎寺は鬼道が雷門に来る前からそうしていたのかもしれない。あまりに自然なので、最早問題とも思っていなかった。そんな自分に気づいたのが今日なのだ。――実に恐ろしい話である。

「豪炎寺!はんぶん!」
「……ほら」

 例えば日曜の部活の昼時だ。マネージャーたちが腕を振るってくれることもあるが、毎回というわけにもいかない。大抵は弁当持参で昼を迎えることになる。手作り弁当から購買のパンまで、部員の数だけ胃袋に収まる物も違ってくる。円堂の母親の作る弁当は、その中でもとりわけ部員たちの評価が高かった。壁山などは例えでなく実際によだれを垂らしそうな勢いだ。

「うまい!」
「そうか。良かったな」
「ああ!」

 だが、隣の芝は青く見えると言うか隣の豪炎寺のから揚げは美味しそうに見えると言うか。円堂は必ず豪炎寺の箸が掴み上げたものを欲しがる。呆れるほどに毎度だが、豪炎寺は怒る様子もなく、どこか愉快げに箸でから揚げを半分にして円堂の口に差し出してやるのだ。器用なことだと感心している場合でもない。残り半分のから揚げを箸で抓んだ豪炎寺は、不意にそれを鬼道の眼前に差し出してきた。

「ほら」
「……ほらじゃないだろ」
「さっきからずっと見てるだろ。食いたいならそう言えばいいのに。口を開けろ」
「そんなうまそうな弁当でもやっぱ豪炎寺んちの弁当食べたいのか?オレと一緒だな!あっ……でも本当に鬼道の弁当もうまそうだよなー!これ、はんぶん!」

 お前と一緒にするな。と、まず言いたいところだったがぐっとこらえる。ひとまず豪炎寺の腕を押し返して気持ちだけもらっておくことにして、円堂には黙って弁当箱にエビフライを放り込んでやる。

「要らないのか?」
「はんぶんで良かったのに!」

 まあ、これぐらいなら悪ふざけの一環という気もしなくもない。ただ鬼道はこういう空気に慣れが無いのだ。他の部員の微妙な視線の矢をかわしながら黙々と食事を続けた。

「豪炎寺……!」
「はんぶん、か?」
「なっ!頼む!お願い!もーサッパリでさー!」

 部室に入ってくるなり、着替え途中の豪炎寺の元に駆け寄った円堂は、その胸元に分厚い数学の課題を抱えている。先日の試験で赤点を取った者に配られたものだ。ということは――鬼道は話に加わらない内から半眼になってしまった。シャツを脱いでいた豪炎寺はひとまずユニフォームに袖を通す。

「ズルは無し」
「分かってるって!自分でちゃんとやる!」
「なら、手伝う」
「ほんとかっ!サンキュー!スゲーッマジで感謝!」
「鬼道とオレではんぶんなら、すぐ終わるさ」

 反応が一拍遅れたのは、ゲームメイクで言う失策としか言えない。マントのヒモを結ぶ手を止め、固まってしまう。その隙に円堂の満面の笑みが攻撃をしかけてきた。

「練習終わってからだけど!オレ頑張るからさ!なるべく早く終わらせるから!なっ!はんぶん……!」
「分かった。分かったから急いで着替えろ。こうしてる間に勉強の時間よりサッカーの時間が短くなっていくぞ」
「っげー!分かった!ありがとな、鬼道!」

 離れていった円堂の向こうの豪炎寺を遠慮なく睨むが、涼しい横顔はあからさまにこちらを見ようともしない。勝手に話に巻き込まれたことに思うところがないわけではないが、そんなことより、円堂と豪炎寺の『はんぶん』に取り込まれそうになっている自分に頭が痛いのだ。

 取り込まれてもいいではないか、大して害があるわけでもない。という反駁が聞こえそうだが、時にこのはんぶんはとんでもない行動を伴う時がある。

「うー……」
「部活の前の意気はどうした」

 鬼道の苦言に対しても円堂の返事は覇気がない。部室に据え置かれた埃っぽい机に顔を伏せ、ひらひらと手のひらを振るだけだ。白旗か何かのつもりかもしれない。

「ここで挽回しないと後で苦労するのは円堂、お前だぞ」

 円堂は、集中できれば決してできない人間ではない。ただ今日は日が悪い。新しいフォーメーションの特訓を始めたのだが、部員の息が合わず少し揉めたのだった。そのことが気になって勉強どころでは無いのだろう。鬼道にも気持ちは分かっている。ただ、この膠着状態を放置はできない。

「そうだよな……。ごめん……」
「円堂」

 身を起こそうとした円堂の手を、豪炎寺が軽く握った。円堂が顔だけで豪炎寺を目指す。その覇気のない表情を豪炎寺が小さく笑う。

「……はんぶんだ」

 何を、とは言わない。それでも円堂には伝わるからだろう。言葉が出ない様子で円堂は豪炎寺の手を強く握り返した。それから感極まった様子で立ち上がって、机越しに豪炎寺の背を回す。さすがに豪炎寺も、鬼道ほどでないにしても驚いているようだ。が、すぐに呆れたような笑みを浮かべているあたり、すでに手の施しようが無いと思う。ぽんぽん、円堂の背を叩いている。

「じゃあオレもはんぶん」
「ああ」
「どうだ?」
「円堂の心臓の音がするよ」
「……はんぶんじゃなくて、二倍になっちゃったかも」
「増えた方がむしろいいんじゃないか」

 ふっと、嫌な予感がした。が、大抵の嫌な予感というやつは後付けかと思うくらい役に立たない。円堂と豪炎寺の笑顔がこちらを向いたら、結局鬼道はそこから動けず二人に抱きつかれるのだから。明らかにこのはんぶんはおかしい。おかしいが、これは『はんぶん』じゃなくて円堂と豪炎寺の『二倍』なのだと思うと、脳まで思考を諦めてしまう。

 せめてもの抵抗に、渋い顔で腕を組んだままにしておいた。

(2010-10-29)

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