「お前たちには『自覚』というものが足りない」
「へ?」
「どうした鬼道、いきなり」
円堂と豪炎寺が会話を止めて視線を集めると、鬼道は殊更表情を渋くした。何か怒らせることでもしてしまっただろうか、円堂と豪炎寺は顔を見合わせた。
「さっきから黙り込んでどうしたのかと思っていたが……」
「オレたちなんか不味いことしゃべってたかな?」
今日の晩飯の予想、そしてそこから昨日の晩飯の話へ、転じて今日の練習の話になり、次の試合への意気込みへ……つらつらと先ほどまでの話題を挙げ連ね始めた二人に、鬼道は慌てて待ったをかけた。このままでは先ほどまでと同じ状況に戻ってしまうではないか。
「お前たちが喋っている内容は関係ない」
「じゃあ、何なんだ」
「あっ、お前も混ざりたかったのか?なんだよ水臭……」
「違う!二人とも周りをよく見ろ!」
許しがたい勘違いを早々に阻止して、腕を振り上げて部室内を指し示す。つい先ほどまでガヤガヤと騒がしく部員が密集していたのだが、今やここまで狭い空間を広く感じるほどがらんとしている。
「あっ、ヤベ誰も居ないぞ!そんなに話し込んでたかなー……」
「急いで着替えろってことか」
「そっか!木野や音無待たせてるかもしんないもんな」
「鬼道も待たせたか。悪かった」
「ごめん鬼道!」
今は時間を大事にして、ちょっとずつでも強くならないとな!円堂の言葉が号令になって、二人は慌ててユニフォームを脱ぎ始める。二人に一応着替える素振りはあったものの、話す内に手が止まっていたのは確かだ。鬼道が着替え終わって二人を待っている状況であることにも間違いは無い。しかし。
「……そういうことでもないぞ……」
きょとん、擬態語がもし視覚化できればそういう字が見えたことだろう。一点の曇りも無い目をぱちぱちと瞬かせる二人をどうしたものか。頭を抱えてしまいたい。
「一体どういうことなんだよ鬼道。分かるか?豪炎寺」
「いや……円堂が分からないなら、オレにも分からないな」
「そっか。豪炎寺が分からないならオレも分かんないや!ごめん鬼道!」
そんな二人だからこそ、会話を聞いていられなくなった部員たちがそそくさと部室を出て行ったのだと言うのに。まあ、片方だけでもそれに気づくような人間であればこういう状態には陥らなかっただろうが。
「『自覚』を持て、そう言っただろう……言うだけ無駄なのかもしれないが……」
「オレたち、雷門サッカー部として、勝つための気持ちは持ってるつもりだぜ?でも何か足りないなら、どうやってでも間に合わせるさ!気づいたことがあるなら言ってくれよ!」
「……円堂が諦めの悪い奴だって知ってるだろ。オレもお前も、みんなな」
円堂の言葉を豪炎寺は嬉しそうに聞いている。そういう方向の問題でも無かったし、鬼道だってそこまで浅い信頼を持っているわけではない。多少ムッとして、つい強硬手段を口にしてしまった。
「お前たちお互いに抱き合ってみろ。そうすれば分かる」
「だきあうぅ?」
「また唐突だな」
「ま!鬼道が言うんだからな!やってみようぜ!」
「おい、円堂……」
気恥ずかしさやら何やらで激しい後悔に襲われる鬼道など放って、円堂が豪炎寺に飛びついた。この状況を敢えて表現するなら子猫に懐かれる母猫だ。言いたかったこととは随分違うのだが、それはそれで良かった気もする。あまり刺激を与えて壊れてしまったら困るし――などと自然に考えている自分に気づいて鬼道は愕然とした。こいつらを増長させていたのは、オレだったのか……!?
「豪炎寺、何か分かったかー?」
「いや……鬼道、悪いがもっと詳しく頼む」
ポンポン、と円堂の背を叩いている豪炎寺に、これ以上の詳細な説明など馬鹿げているとしか思えない。深くため息を吐き出す。
「お前たち……その状況をどうとも思わないのか」
ここでまたきょとん。
普通の男子中学生同士に抱き合えなどと言ったらどうなるか、きちんと想像してから物を言ってほしいところだ。しかしそこまで言っても理解されなかった時のことを考えると今から頭痛がするので、鬼道は片手を挙げて身を翻した。もう投げておいた方がいい。他のメンバーは賢い。
「先に行っているから、早く来るんだな」
「待てよ鬼道ー!あ、そうだ豪炎寺!」
「ああ、円堂!」
また名前で会話か、そう呆れた途端、今にも部室に出ようとする鬼道の体は勢い良く後方へ戻された。何事だと思えば、円堂と豪炎寺に子供のように抱きつかれている。
「分かったか?円堂」
「いーや……でも!鬼道がスッゲーってことが分かってるからいいよな!」
「そうだな。鬼道が好きだっていう自覚ならあるさ」
「ああ!オレたち鬼道が好きだぜ!」
こいつら、わざとやってるんじゃないのか。
疑うだけ無駄なので、もうひとつため息をついて鬼道は二人の背を片手ずつで叩いた。
(2010-04-25)