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夜をあるく人びと (十星)



※ 2011-08-21 / SCC関西17 / A5コピー / 20P / 十星風味三遊
※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6619646

「――、っ!」

 あまりの苦しさに目覚めた。寝汗のひやりとした感覚と、眠りで引いていた熱とが同時に意識に流れ込んでくる。まるで息を止められていたかのように深い呼吸を繰り返した。久々に嫌な夢だ。ひとまず水でも飲もうと起き上がろうとして、遊星はそこで初めて胴体に感じる圧迫と存在感に気づいた。

「おっ、起きたか!すっげえうなされてたぜ」

 遊星の腹筋のあたりに腰掛けているのは、この街を、世界を守りたいという願いが引き起こした奇跡が、一瞬だけ巡り会わせてくれた遠い時代の人だ。その人が今、遊星の部屋で、遊星の胴体を椅子にして屈託の無い笑みを浮かべている。これは夢の続きだろうか。信じられない光景が厳然と目の前にある時、人は己の正気を疑うしかない。どうした、十代がわずかに首を傾げる。遊星は何と答えていいか分からなかった。

「み……見苦しいところを、すまない」

 分からなかったので、とりあえず詫びることにした。

 窓の外は夜一色だ。まだ夜明けからは程遠く、眠って数十分も経っていなかったようだった。しかし最早眠気などは彼方へ吹き飛んでいる。階下の冷蔵庫から取ってきたミネラルウォーターのボトルを渡すと、十代は素直に受け取った。遊星も自分のボトルのキャップをひねる。

「突然悪かったな。しかもこんな時間に」
「いえ、会えて嬉しいですが……」

 何故腹の上に座っていたのか、そっちは謝らないのか、少し気にはなったが、尊敬するデュエリストの一人である十代のことだ。何か事情があったのだろう。ひょっとしてうなされていた遊星を起こそうとしていてくれたのかもしれない――もしそうであったなら普通に起こしてもらいたい気もしたが。

「一体どうしてこの時代へ。今度は十代さんの時代で何か……オレでよければ、いくらでも力になります」

 ゾーンとの死闘を経て、竜の痣は赤き竜と共に消えてしまっている。その遊星がどこまで十代の力になれるかは不明だったが、それでも何かできることがあればしたい。

「話せば長くなるんだけどな」
「はい」
「最後に約束しただろ?また会おうってさ」
「はい」
「それ思い出して、元気にやってんのかなーって思ったら、ここに来ちゃったんだよな」

 しばらく待ってみたが、それ以上に続きは無いようだった。遊星は十代の言うところの「長い話」を脳内でよく検証し、水を一口飲んで、十代の顔を確認した。ん、気負わない様子でまたも十代は首を傾げる。

「……来ちゃった、で来れるんですか……」
「そりゃあ、来れたもんは来れたんだし」

 迷惑だったか、と問われて慌てて首を振る。驚きが先に立ってしまったが、奇跡の出会いをまた繰り返せて嬉しくないはずがない。しっかりと正面から十代の目を見据えた。

「オレはこうして平和な世界で、あなたにまた会えたことが嬉しい」
「うん」

 十代は笑顔で深く頷く。十代にとっては未来の、きっとその人生では知らないままになっている様々な災厄がこの街にはあった。でもそれらから遊星はこの街を、世界を守って立っている。それを十代に見てもらえることがひどく誇らしく思えた。

「じゃあ、約束を果たそうぜ!」
「はい!」
「遊戯さんも居ればなあ……」
「それはそうですが、十代さんとのデュエルだってオレの念願だ」
「へへっ、嬉しいこと言ってくれるぜ!」

 夜中であることもあって、ディスクを使わないデュエルになったがそれでも充分だ。デッキに微調整を加えつつ、勝ったり負けたり楽しい時間を過ごした。

 ふと、朝日に包まれて目覚めると、子供のようにデッキを抱えてベッドで眠っていた。人が入った形跡は無い。ただ夢にしては記憶がはっきりしすぎている。ひとつだけ思い出せないことがあるとすれば、十代が来る前に見た夢の内容くらいだ。

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