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夜をあるく人びと (十星)



 あれは夢だったのか。奇跡だったのか。遊星はやはりそれが気になっている。日々を過ごしているうちに、やはり夢ではないかという気持ちが強くなるからだ。それは遊星の願望がそのまま形になってしまっているからだと思う。

「……っ、!」
「よっ、来たぜ!」
「遊星くん、おはよう……」

 ただ、目覚める時に全体重を預けられ体を座布団にされたいなどとは誓って望んでいないので、ちょっとやめてほしい。しかも今日は二人分だ……と起き抜けの頭でそこまで考えてハッとする。慌てて起き上がろうとすると胸板あたりで肘をついていた十代は咄嗟に体を起こして身を離したが、腹のあたりに居た人はそのまま転がって遊星の膝のあたりに着地した。
「ゆっ、遊戯さん!」
「ごめんね……ボク、ちょっと酔ったみたいでさ……」
「オレが手荒な真似したせいで……すみません、遊戯さん」
「いやいや十代くん。来たいって言ったのはボクだから……」

 伝説のデュエリストが時代を越えて自分の膝を枕にしている、文章にすると何かの暗号かと思うくらい突飛な状況だ。嬉しそうな十代と気分の悪そうな遊戯の顔とを困惑のまま見比べた末、遊星はひとまず口を開いた。

「どうぞ、ベッド、使ってください……!」

「うー……ごめんね、遊星くん……夜中に突然……」
「いえ、また会えて嬉しいですから」
「そうですよ遊戯さん!遊星が会いたがってたって話したじゃないですか!」

 ただ何故二人とも当然のように人を枕に使っていたのか、そのあたりの事情を詳しく知りたかったが、なんとなく言い出せないまま遊星はベッドの前で正座していた。十代も似たような体勢だ。

「どうだ、遊星。遊戯さんだぜ?」
「はい……!ありがとうございます、十代さん」

 十代は満足そうに深く頷く。遊戯は以前共に闘った時より数年の時間が経過しているように見えた。体つきや顔つきに、柔らかいながらの精悍さが見える。遊星もあれから数年の時間が経っているが、何か変わっているのだろうか。自分ではなかなか分からない。少なくとも十代は、あれからそれほどの時間が経っているようには見えなかった。

「遊星くんが会いたいって思ってくれてて、ボクも会いたいんだから、しかも会いに行く方法があるんなら、会いに行かないわけないよ」

 遊戯は横になったまま、目を笑顔で細めて遊星に手を差し出す。以前、時代を越えて共に闘った時も、年齢としては遊星が上だっただろうに、遊戯は頼もしく大きく見えた。だが今はそれ以上に大きく見えている。少し緊張しつつもその手を握った。

「久しぶり。会えて嬉しいよ」
「はい、オレも」
「遊戯さん、オレとも握手!」
「君はさっきから一緒に居たじゃないか……」

 と言いつつも、遊戯は十代と握手を交わしている。遊戯や十代のために何か飲み物でも持って来ようかと考えたが、生憎今は冷蔵庫に何も無いのだった。市長から任されている新たな情報管理ネットワークの原案作成に没頭していたせいで、寝食がかなり疎かになっている。

「本当はもう一人君に会わせたい人がいるんだけど……」

 ごめんね、困ったように遊戯が笑う。直感的に分かる気がした。遊戯は確かにその体に二つの魂を宿していたが、今は一つの魂の存在しか感じることができない。無言で首を横に振る。

「うん、だいぶ楽になったよ。ありがとう遊星くん」
「いえ」
「じゃあ約束を果たす時ですよ、遊戯さん!」
「そうだね!でも……大丈夫かな、騒いじゃって……」
「多少なら大丈夫です。ここには、オレしか住んでいません」
「そうなの?」
「そうだったのかよ、広そうな家なのに……お前一人なのか?」

 十代は窓からこの家の全貌を知ろうとしている。が、屋根にある出窓なのでよく分からないだろう。

「かつては友と暮らしていました。だが今、友はみなそれぞれの夢に向かって走り続けている」

 そして遊星も、この街と共に走り続けながらそれを信じている。ふと「帰りたい」と思った時に、寄りかかれるような木でありたいと思ってここに居る。

「そうか……そうなんだね。ボクたちは不思議と強い絆を感じているけど、本当はなんにも知らないね」
「じゃあ、デュエルしましょう!」
「そうです。デュエルをすれば心も通じる」

 遊戯は起き上がってデッキを取り出し、満面の笑みを浮かべた。床の上に座って、交替でデュエルをしたり時にはタッグを組んだり組まれたりしながら夜を明かす。遊星は普段、あまり身の上の話をしようと思うことは無いが、二人につられるようにして訥々と、特に赤き竜が結んでくれた仲間たちとの絆について語っていた。

ふと遊戯が笑う。

「君は夜空の星みたいだね」

 不意の言葉に、遊星はリバースカードをオープンするタイミングを逃しそうになった。十代が満面の笑みを顔に浮かべて小突いてくる。

「照れてんのか?」
「いえ……ただ、オレにはとても似合わない言葉だと思います」
「そんなことないよ。君がいるから、みんな迷わずに前を歩いていける」

 否定したいが、遊戯の好意の言葉を無碍にするのも躊躇われる。遊星だっていつも迷っている。それでもしっかりと二本の足で立っているのは、仲間がいることを知っているからで、それは決して遊星一人の力ではない。

「オレは待つのは苦手だもんなあ」
「十代くんらしいよ」

 待たせるのは得意なくせにね、三人の誰とも違う声を聞いた気がしたが、遊星は不思議には思わなかった。その後もデュエルを続けて、窓の外がほんの少し紫がかってきたことは確かに覚えている。だが目覚めると、遊星はベッドに寄りかかって一人で眠っていた。

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