文字数: 8,867

夜をあるく人びと (十星)



「あっ、起きちまったか…。」

「あっ、起きちまったか……」

 ハッと見開いた視界一杯に十代の顔があり、その手には机の上に転がしていたフェルトペンが握られている。間一髪である。というか、こうまでのしかかられれば起きる。

「十代さん、一体何を……」
「なんだよ遊星、もっと驚けよな」
「……すまない」

 何故謝っているのかは自分にも分からなかったが、十代は遊星がこの状況に慣れ始めているのが不満らしい。今日は遊戯はおらず、十代一人のようだ。十代の肩を押し戻すようにして起き上がる。

「それより遊星、最近ちゃんと寝てたか?」

 突然の質問に戸惑ったが、正直に答える。市長からの頼まれ事がまとまるまでは、あまり寝ていなかったように思う。早朝にまどろむくらいか。しかしそれもようやく完成し、後は優秀な技術者たちと寄り合わせてより良く実用的なものに成長させていくだけだ。一仕事終えて、気持ち良く眠りについていたところだった。

「やっぱりな。あんまり無茶すんなよ。どんなに強い人間だって、ハラが減って眠かったら力なんて出ないんだぜ」

 頭をぽんぽんと叩かれて何故か恥ずかしい気分になる。恐らく尊敬する十代に醜態を晒したような気分になったのだろう。

「そうだ、君はここのところずっと出歩いてないんじゃないか?」
「そうですね。買出し以外は……」
「じゃあ、散歩でもしようぜ!」

 たまにはデュエル以外のことだって悪くないだろ、十代の笑顔は相変わらず茶目っ気と愛嬌に溢れる。

「だが、ドアからこの世界の外へは出られないって……」
「それで、考えてみたんだ。窓からならいけるんじゃないかってね」
「そ……そういうものですか……」
「そんなもんだって!」

 十代は身軽にベッドから離れ、出窓に手をかけた。閉め切られた窓が押し上げられると、夜のにおいが風と共に入ってきた。よっと、掛け声とともに何の躊躇いも無く十代は窓枠に足をかける。あたふたとベッドから這い出た遊星もそれに続いて屋根の上に出た。まだ眠ってから数時間だろう。十代の訪問はいつも夜中で突然だ。しかし不思議と体は軽いような気がする。

「へえ……これがキミの街かあ!」
「はい。ネオ童実野です。あの橋がここと都心部を繋いでひとつの街になっている」
「あれが、君たちがかけた橋なんだな」

 深夜でも、ネオ・ダイダロス・ブリッジはライトアップされて美しい曲線を披露している。それを見る十代はどこか感心した様子だ。それが遊星には嬉しい。本来なら交わることのない線の上に立っている人にも橋がかけられたような気がする。

「寝ないでこの街を守りたいって気持ちも、分かる気がするぜ」
「十代さんは、何故オレが寝ていないって分かったんですか」

 十代は笑顔のまま、その輝きで満ちた茶色の瞳を橋から遊星へと動かした。

「オレはキミのよくない夢を渡ってここまで来てるんだ」
「よくない夢を……渡って……?」

 感覚的には納得できる気もする。だが、具体的にはもうひとつ納得しきれない。考えるように目を伏せた遊星の隣に十代は並んだ。少し低い位置に十代の目線がある。

「では……これはやはり、オレの夢なんでしょうか」
「どっちがいい?」

 それは答えになっていない。そう言おうとした口を一瞬だけ塞がれた。何が起こったのか分からず、唖然として動けないでいると、十代は眉根を少し寄せて笑った。

「……どっちがいい?」

 夢と現実と。なんだか試されている気分だ。混乱した頭では整理された解答は導けそうにない。ひらひらと十代は手を振り、窓に足をかけ部屋に戻ろうとする。追いかけようと足を踏み出した瞬間に、十代は遊星の足を笑顔で止めた。

「オレも、遊星が光っていてくれたからここに来たのかもしれない」

 窓から部屋に戻ると、もうそこには誰もいなかった。

-+=

ご不便をおかけしますが、コピー保護を行っています。