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夜をあるく人びと (十星)



 息が苦しい。意識の中にその一文だけがぽんと生まれ、その言葉が遊星の呼吸を塞いでいるみたいだ。水の中でもがくように意識の海から顔を出し、目を開ける。と、窓から入るほのかな明かりをわずかに反射した大きな瞳がふたつ、遊星を間近で見下ろしていた。

「キミ、いっつもうなされてるな」
「十代さん……っ?」

 そうだとしたら、恐らくその原因の一端は十代にあるように思う。十代は遊星の胸板で肘をついて遊星を見下ろしていた。どうりで呼吸が圧迫されているわけだ。容赦なく全体重がかけられている。

「また……来れちゃった、んですか……」
「なんだよ。一回会ったらもういいってのか」

 不機嫌そうな顔をしてみせる十代に首を振った。それは会えれば嬉しいが、正直なところ遊星は数週間という時間を挟み、あの晩のことをとてもいい夢を見ただけだったのではないかと思い始めていた。目覚めた時には何の形跡も無く、しかも遊星はきちんとベッドで眠っていたのだ。

「いえ、ただ驚いて……もう会えないのかと思っていたので……」
「一度あることは何度でもあるんだぜ?」

 一匹見つけたら数百匹だしな、十代は例えを持ち出したが、多分ちょっと違うと思う。十代が遊星に預けている体を起こしてくれたので、遊星も半身を起こした。やはり窓の外は闇で敷き詰められている。ほのかな街の灯と月明かりが部屋での視界をぼんやりと押し広げていた。

「そう言えば、この前結構騒いじまったけど誰も文句言ってこなかったか?」
「いえ、大丈夫です」

 そもそも、このポッポタイムのガレージ側には今、遊星しか住んでいないのだ。大の男が四人住んでも広いこの家は、一人で居れば尚広い。しかし遊星はここを離れようとは思わなかった。しがみつく気は無いが、ゾラが許す限り、ここで暮らそうと思っている。

「オレ、どこに行ってもすぐデュエル始めちまうからよく怒られるんだよな。うるさいとかってさ」
「それは十代さんらしい、気がします」

 遊星は十代のことを一瞬一瞬ずつでしか知らない。しかしそれでも、十代らしい何かというのを掴み始めている気がした。それに遊星だって、どこで何をしていてもデュエルに結びついてしまうのは同じだ。遊星の言葉に、十代は照れたように、おどけるように笑う。

「ただ、もう少し早く来てくれれば。この街を案内できるし、もっとできることもあると思いますが」
「あー、そいつは無理だぜ。帰る時はあのドアから帰ってるからさ」

 残念だけど、と十代が何の変哲も無い遊星の部屋のドアを指差した。あのドアを使って元の時代からやって来たり帰ったりしているということだろうか。しかし考えを深める前に十代がさっさと口を動かしている。

「そうそう、今日は遊戯さんを連れて来ようかと思ったんだよ」
「え……っ!」
「でも気持ち良さそうに寝ててなあ」

 起こさずそのままここへ来たということらしい。賢明な判断だ。それは遊星だって遊戯にも再び会えれば嬉しい。ただでさえ伝説のデュエリストとしてこの時代まで語り継がれているのだ。しかし十代は少し自由過ぎる気がする。

「ちょっとかわいそうと思ってさ」
「確かに良く眠っているところを起こすのは……」
「違うって、君がだよ。オレの時代だと、遊戯さんは存在してて……まあ、なかなか掴まんないだけど、同じ空気を吸ってるんだぜ?でも遊星はそんな実感もできないんだろー?」

 十代は首を振りながら大きく息を吐き出した、遊戯のことは尊敬しているが、同じ空気を吸いたいとは考えたことがなかったので何と答えればいいのか戸惑う。そんな遊星を気にする様子も無く、十代は遊星にウインクひとつだ。

「遊戯さんはすごいぜ?なんたって、あの人のデュエルはオレをワクワクさせるんだ!」
「はい……!」

 それなら実際に遊星もこの目で見ていた。世界の命運を背負ったデュエルだが、遊戯も十代もそんなことに囚われてはいなかった。目の前のデュエルを楽しんでいて、だからこそ見ている人を惹きつけるのだと思う。

「確かにまた、会いたいです。そしてデュエルをしてほしい」
「だろ!」
「十代さんは、遊戯さんが好きなんですね」
「ああ、大ファンさ!キミだってそうだろ?」
「そうですが……でもこの時代だと、武藤遊戯の細かい情報はほとんど散逸しています。確かに、オレは十代さんがうらやましい」
「なら今日!教えてやるよ!朝までな!」

 もちろんデュエルのついでにな、デッキを取り出した十代に、遊星は笑って頷いた。

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