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You Only Live Once



 不快な違和感と言えばいいのか、妙な圧迫感を腹のあたりに感じる。ふう、と息を吐いて意識を引き上げ、ライブ明けの重い瞼を引き上げた。カーテンから漏れる光量がいつもより遅い朝を告げている。妙にベッドが狭い気がして目線を彷徨わせ、ようやく違和感に気が付いた。腹に腕が回っている。自分ではない誰かの腕。肩にはしんなり潰れて乱れたツンツン頭。

 思わず上半身を起こそうとしたが、見た目よりも半身を奪われている。こちらもライブ明けで脱力した体が何の遠慮もなく絡みついていて剝がれない。しかも、腕を無理やり外そうとすると太々しく煩わしそうな唸り声を上げてきた。

「ちょっと、起きてください」

 幻影を使った後はただでさえ睡眠の質が落ちるというのに。ぐらぐら肩を揺らすが、むうむう音が鳴るだけで全く図体が動かない。子供みたいな反応だが、当然愛らしさはひとかけらもない。冬眠を邪魔される熊もこんな感じだろう。

「何をしているんですか? 寝ぼけるにしても限度というものが……」
「なにじゃないだろ」

 唸り声とほぼ区別がつかない低い寝ぼけ声。ぐりぐりと傷が塞がったばかりの額が肩に押さえつけられる。普段見ることのない姿に当惑している夏準にアレンは全く気が付いていない。当然の権利とばかりの拗ねた口調で駄々を続けた。

「自分で言ってたぞ。添い寝するって」
「はあ?」
「なかなか来ないから」

 一切の見栄を捨てて率直に言うと──普段ではありえないアレンの言動に夏準は大いに困惑した。こいつは何を言っているのか。打ちどころの悪い傷が今更頭を破壊したのだろうか。しかしトラップ反応で濁った思考がそこでようやく記憶を掘り返してきた。そう言えば小言交じりに添い寝だとかどうとかは言った気がするが。まさか今更仕返しのつもりなのだろうか。身じろぐが、胴体に余計しがみつかれるだけだった。

「少しくらいいいだろ……? 取って食べたり、しないって……」

 程なく、すうすう健やかな寝息。日本語としては聴解できるがアレンから言われた言葉としては全く理解できず真正面から考え込んでしまった。そしてその言葉も夏準からのサンプリングだと気が付く。

「そんな心配、初めからしていません……!」

 この燕夏準に対し、なんたる侮辱。汚い不意打ちにすっかり身動きが取れなくなっているところに、コンコンコンと軽やかなノックが響く。止める間もなくドアが開いた。当然、その先に居るのはこの場に居ないもう一人だ。上機嫌な笑みと汚れたエプロンと謎の色をまとったヘラを見るに、キッチンはさぞfabulousに彩られているに違いない。

「アン、」
「いいんじゃない? 面白いから」

 春の桜のように晴れやかで清々しい美しい笑みと、綺麗なサムズアップ。またもや止める間もなくドアが閉まった。間違いなくスマホを取りに行くつもりだ。あれは。

「順応が早すぎます……」

 もう少し遊べるつもりが。こうなったら無駄な抵抗はさっさとやめて、いつもよりしなびた前髪の先に自分の頬を擦りつけた。

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