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極致 (冨岡義勇)



変哲のない話

 刀鍛冶に、どうぞ手に取ってくださいと言われて、すぐに意味が分からなかった。ひょっとこ面の男が覗き込んでいる。どうやら困っているらしく、あのう、そのうとおずおず言葉を出す様をじっと見つめる。顔は見えないが若い男のようだった。

「義勇」

 名を呼ばれて目を上げる。隣に座る師が膝に拳を置いたまま義勇をじっと見下ろしていた。

「その刀を取れ」

 打たれたばかりの生の刀。鬼殺隊の隊士しか持てない特別な鋼の刀だ。どうしてそれを自分が持つのか。全く分からなかったが、師の言葉に逆らうわけにもいかない。はいと答えて鞘を取った。

「抜け」
「はい」

 新しい柄巻のざらりとした感覚が落ち着かない。鞘を押さえ、くっと手に力を込めた。ずらりと刃を走らせ、中空にその身を晒す。反りのない刀身に沿うような直刃。右手にずしりと重たい。

 程無く、水が染み入るように刀身が縹色に染まっていった。おお、と声を上げたのは刀鍛冶だ。やはり青でしたか、柄を合わせておいて良かった──言葉が頭に入らずに流れていく。

「……色が」
「はい、澄みきった空のような良い青ですね」
「変わらないこともあると聞きました」
「義勇」

 えっ、と刀鍛冶は言葉を止めて刃から義勇に目を戻した。師の制止の声に答えずに、面の向こうの目をじっと見つめ答えを待つ。またも困っているらしく黙り込んでいた男は、とうとうそうですねえと声を上げた。

「分かりませんが、選ばれた鋼もまた選ぶんじゃないでしょうかねえ」

 いやあ私は刀を打つ以外はてんでだめで、男は髪を掻いてへこりと頭を下げた。柄を立て、その姿を遮るようにカチリと刃を返す。縹色の刃に映る幽鬼のように暗い目が何かと思えば自分の目だった。

「耐えうるかどうか見るのかもしれません。鋼も、悪ければ鍛錬に耐えられませんから」

 右腕を伸ばして柄を倒し、刃の切っ先を鞘に当てる。今更手元は狂わないが、左手には未熟な傷が未だ白くいくつも膨れて残っている。ずるりと鞘を滑らせ、とんと納まった刃を膝元に置いた。両手を膝について頭を下げ、それを上げると、慌てた様子で刀鍛冶も頭を下げているところだった。

「ご武運を」

 もう一度頭を下げて返事に代える。顔が情けなく歪んでしまいそうなのを奥歯を食い締めて堪える。選ばれていない、何も成していない。ただ残っただけだ。だからせめて、何にも耐えうる者でなければならない。よそ見ひとつせず、ただひたすら、折れても折れてもまた重ね、また打ち、どんな苦難にも耐えうる以外に道はない。それしかできない。最期その時まで。

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