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極致 (冨岡義勇)



「へええ……!?雨を…!?斬れるって気付いた……!?ですか!?」

 凪を編み出した経緯を聞かれたのでそのまま答えたところ、炭治郎は己の額に手を当てて混乱した様子で義勇を凝視している。だが義勇が語ったのは何の変哲もない話だ。鍛錬した。以前よりできることが増えた。以上だ。

「この稽古を繰り返していればその内気付く」
「気付き、気付きますかね……!?気付くといいんですけど……いや!いや、頑張ります!!俺も!!」

 弱気じゃだめだ!やるぞ!と己を鼓舞する前向きさが好ましい。意欲も高まったところで、そろそろ休憩は終わりにして稽古に戻すべきだろう。声をかけようとすると炭治郎が不意に顔を上げた。匂いで分かるのかこういうことが度々起こる。その笑みを見る度、調子が狂わされるような妙な心持がする。

「……日輪刀の色が変わるのは」
「はい」
「鋼が見極めるからだ。耐えうる者かどうかを」

 炭治郎は大きな瞳でひたと義勇を見上げたまま表情を引き締めた。口をきゅっと引き結び、それから大口を開ける。

「はい!」

 そして満面の笑み。義勇も思わず口角が緩んだ。それを見て炭治郎の笑みも益々深くなる。へへ、と声さえ漏らしている。

「でも、なんだか納得しました」

 納得、思わず繰り返すと炭治郎は尚嬉しげにはいと答えた。

「義勇さんの刀、とても綺麗ですから。義勇さんと同じで」

 言って、炭治郎はあっと素っ頓狂な声を上げる。まるで自分で言った言葉に驚いている風だ。これは、つまり、技です、技のことを言っててとしどろもどろになる様を首を傾げて見下ろす。何にそんなに慌てているのか分からないが、その動揺っぷりが面白く思えてきて笑ってしまった。へへ、と炭治郎が照れた笑みを返す。

 耐えることだけが自分に許された、たったひとつの道だとばかり思っていた。身の内に起きた何もかも、これから降りかかる何もかもを己に課せられた業だと信じてきた。すぐ隣で生きて、笑って、幸せでいてほしいと心から渇望した人たちからのうのうと奪った生を、私利私欲に使っていいはずがない。まだ失っていない誰かのために己を鍛えることだけが正しいことだと思っていた。

 だが、この目の前の素直でひたむきな男が思い出させた友の言葉が、刀を握る意味を少し変えた。雪の中でたまたま拾った希望を眩しく思う。その背を押したい。活路を拓きたい。後を守ってやりたい。もう失わせたくない。幸福であってほしい。そんな己の願いのために、この腕を使いたい。初めてそう思っている。

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