いつからか柄巻のざらつきを感じなくなった。しっくりと手に馴染み重みさえ感じない。鬼を斬ろうと思った時、既に刀はざっと鞘を走り間合いを広げている。まるで刀を右手の一部のように感じている。
人里から離れた竹林に入り、柄に手を置き目を閉じる。すうと細く息を吐き、また吸う。風が走り、さやさやと葉が鳴った。息を吐き、吸い、目を大きく開けて「右手」を振るう。最早考えるというよりは「感覚」に近くなっていた。何百何千と繰り返した経験が勝手に太刀筋を決めて水のように流れていく。
たんと鍔を鞘に付けて目を上げると、ばらばらと竹が崩れて足元に残骸を積み上げる。それを踏み越えてまた刃を抜く。
どれほどそうしていたのだろうか。気づけば竹林の中にはぽっかりと穴が空き、空が望めるようになっていた。敷き詰められた灰色の暗雲をじっと眺めていると、ぽつりと鼻先を雫が打つ。ひとつ落ちると、ふたつみっつとたちまち続き、ぱらぱらと地を、竹の残骸を、笹の葉を打つ。しばらくそれを見つめ雨に打たれていた。
すうと細く息を吐き、また吸う。湿った柄巻が右手の力に答えた。縹色の刃の上を雨が弾く。まだ遅い。竹の残骸を踏み荒らして跳躍し、刃を振るう。体に刻まれた動きを、流れを、ただただ繰り返して加速させていく。その内にふと気づいた。
──斬れる。
雨音が止まった。鼻先や睫毛の先を煩わしく打っていた雫が無くなる。刃の雫をぴっと払って押さえた鞘に刃を納める。たん、と小さな感触が掌に返った途端、また雨音が戻った。先ほどより一層強く、ざあざあと土を打つ。
「まだだ」
終わりはない。耐えうる限りは終わってはいけない。この刃を持つ限り、義勇はそうする他にない。