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(100-99)% (十星)



 ひた、ひた、どこからか漏れ出る水滴が時折リズムを崩しながら前時代の遺物である地下道に響く。廃墟と化している地下鉄のホームにこしらえた住処で、遊星はひたすら作成途中のD・ホイールと向き合っていた。メーターを睨みつつエンジンの調子を見る。一度は完成させているのだ。今度はもっと早く、何もかも抜き去って未来に前進するようなD・ホイールが作れるはずだ。貸した借りは必ず返してもらわなければ気が済まない。

 ふと、手を止めた。足音がする。反響して分かりづらいが、ホームへ下りる階段からではなく、線路の向こうから誰かが歩いてくる。この一帯は遊星の「領分」だ。それを知らずに踏み込んでくる輩だとすれば、油断はできない。ディスクを取り外して装着し、ホームに出た。ランプの薄明かりが及ぶ範囲にまず足が入る。それからジーンズ、黒いシャツ、赤いジャケット。見覚えのない若い男だ。遊星よりはいくらか歳が上だろうか。

「……誰だアンタは」

 男は遊星の顔を驚いたように見つめしばらくそのまま動かなかった。それからはっと息を呑んであたりを見渡し、最後には自嘲の笑みを浮かべて項垂れた。

「ついにオレはこんなとこまで来たのか……」
「シティの人間か? どういう事情か知らないが、何の用があってここに来た」

 いきなり現れて人の寝床を『こんなところ』呼ばわりだ。不快も警戒も隠さずにディスクを構える。シティから流された犯罪者かとも思ったが、マーカー無しだ。今のところ、男には敵意や殺気を感じない。

「お前に会いに来たんだけどなあ」
「オレに? オレはお前なんか知らない」
「……だろうな」

 男は苦笑し、ホームに手をかけた。よっ、掛け声と共にホームに上がる。暢気そうな雰囲気を漂わせてはいるが、隙は全く見当たらない。警戒する遊星に気付かない程度の男ではないだろうに、全く遊星に構った様子は無かった。

「ここには春が無いんだな」
「……サテライトはそういうところだ。知らないわけもないだろ」

 亀裂が入り、いびつに夜空を覗かせる天井を男は見上げている。月夜だ。月を見ると遊星は離れて行った友のことを思い出す。本当は必死にD・ホイールを作り、カードを奪還したところで、その先に何があるかは分からない。きっと遊星が取り返したいのはそういうものではないからだ。

「そうだよな。だからあの場所が……大事だったんだよな」
「何が言いたい」

 男の大きな独り言に顔をしかめる。危険と言うよりはむしろ頭のおかしな奴だったのか。しかし正気を微塵も疑わせない瞳はサテライトの淀んだ空気の中でも凛と澄んでいる。

「D・ホイール、作ってんのか」
「用件は何だ」

 見知らぬ男に答える義理は無い。突き放すような言葉を選ぶと、男は眉根を寄せて笑った。その表情は親しげで、しかしどこか苦しげでもある。遊星は思わずその表情を凝視した。

「オレは遊城十代。もしまた会ったら……誰だなんて言わないでくれないか」

 男は遊星の返事を待たず、再び線路へ降り立った。笑みを浮かべて、友にそうするように軽く手を振る。

「頼むぜ。遊星」

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