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(100-99)% (十星)



 拾ったジャンク品を寄せ集めて作った簡易ストーブは、我ながら持って行かれたD・ホイールの次ぐらいには傑作だ。丈夫に作ってあるので大事に使えば何年かは保つだろう。冬の間は凍死の危険もあって、ラリーあたりはしきりに遊星をマーサハウスに連れて行きたがる。しかしこれを見れば少しは考えが変わるのではないだろうか。ふと、しんしんと冷えた空気を震わす足音が聞こえた。ある予感がして、ディスクは装着せず帳の外に出る。

「アンタか」

 淡い光の中に入ったのは、春先に見た奇妙な男だ。あまり表情はなく、遊星とひたと視線を合わせた。何も言わないので遊星から口を開く。

「覚えている。遊城十代だろ」

 男は笑おうとしたようだった。だが失敗し、眉根が寄り、ただただ苦い表情になる。それでも無理やりそれを笑みに引き上げ、十代は後ろ手に回していた右手を差し出した。その手には木の枝が握られている。淡く赤に色づいた花が咲いていた。桜だ。実物を見るのは初めてだった。

「あったかいところに行ったついでさ。やるよ」
「……何故オレに」
「これからの長いようで一瞬みたいな毎日の、応援」

 その言葉は、不思議と遊星の腑にストンと落ちて染みる。名しか知らない、素性も分からない男の言葉を素直に受け取ろうとしている自分が妙だった。

「アンタは一体何者なんだ」
「じきに分かるぜ」

 ほら、枝を突き出されたので好奇心のままに受け取る。枝に沿ってつつましく花を咲かせる桜は、このサテライトには不似合いの明るさだ。扱いに戸惑う。マーサあたりに見せれば喜ぶのだろうか。

「少し中に入ったらどうだ。今日は冷える」

 体を少しずらして帳で作った部屋を示した。春に会った時は遊星にとって十代は知らない人間だ。しかし今ではもう一度は面識があって、名前も知っている。特に何かされたわけでもなく、警戒する理由はなくなっていた。しかし十代は電気ストーブのあたりに視線をさまよわせるだけで、その場から動こうとはしなかった。

「ひょっとして、会いたいって思うことが悪いことだったのか? そうだって言われたくなくて、夏も秋も行こうと思わなかった」
「……なんの話だ」
「なんでオレの時間は進んでるのに、お前の時間は進まないんだろうな」

 途方に暮れた態で、弱々しく十代が項垂れた。十代のことはよく知らない。だが何故だか、そうされていると『らしくない』と感じる。ホームぎりぎりまで歩み寄った。

「そんなこと、あるわけないだろ」

 十代が顔を上げる。その顔には何か言いたいことがあると書いてあったが、遊星は敢えて聞こうとはしなかった。

「人間は誰だって、前に向かって進んでいる。オレも……前に進む。アンタは何かに迷っているのか?」

 それはずっと、D・ホイールと向かい合いながら自分に言い聞かせてきた言葉だ。その言葉を疑えば、弱い遊星の足はたちまち鈍る。だからその信念だけはひとつ、揺るがずに信じている。

「お前がどこに向かっているのか分からなくなったなら、ここで休んでいけばいい。オレはきっと、いつでもここに、この街にいる」

 十代はしばらく呆然とした様子で遊星を見上げていた。急かさず待っていると、苦しげな、しかし今度こそちゃんとした笑みを浮かべる。

「そうだよな……ズルばっかじゃデュエルにはならないよな」
「アンタ、デュエルをするのか」
「ああ。だけど、楽しみは未来に取っとくことにするぜ」

 十代は分かりにくい言葉ばかりを選んでいる。取り残された感の強さに思わず顔をしかめた。それを十代はもう弱々しさのかけらもなく笑う。目が優しげに細くなる。

「未来の99%は分かんねえけど、1%は絶対に確かなことだからさ」

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