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あまりてなどか



※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8143395

 一期一振は、藤四郎の刀たちを率いる長兄である。これは自他共に認めるところであって、異論を差し挟む余地は無い。時に優しく、時に厳しく同じ吉光の名を負う弟たちを気にかけている兄は、弟たちに大層好かれている。何が言いたいかと言えば、一期一振という刀には多くの弟が居て、常にこれらの内幾口かと共にある、ということである。

 ただでさえ日の本中の名刀が集められた本丸だ。そういうわけで、一期一振の人となりをよく知らない、と考える刀は案外に多い。弟たちの規範たれ、と常に意識している一期は酒の席にも長居はしない。食事の場では周囲を自然と弟刀が埋めている。再刃されて以降の誼で付き合いのある刀か、もしくは同じ第三部隊に組まれている隊員でなければ、一期と親交を深める機会というものは巡るものでなく意識的に作らなくてはならないものなのだ。比較的遅くに顕現したこともそれを助長している。

 しかし、刀剣男士というものは、仲良しこよしを大義に集ったわけではない。戦場での切れ味が鈍ることさえなければ大きな問題にはならないわけだ。斬れればいいだろう、と言わんばかりの振る舞いで初期刀かつ近侍たる歌仙の頭を悩ませる刀も少なくないが、一期はそういった類でもない。敢えて悪く言えば、取り立てて目立たない刀だったわけである。この朝餉の前までは。

 膳を持ち、広間に現れた一期は珍しく一人だった。しかも他の刀剣がほぼ揃っているところだ。規則正しい生活を送る一期は、いつもならば早々に席についている。ぐるりと首を回し、ぱっと華やいだ笑みを目元に上らせた。目を集めていることなど気にせず、迷いなく畳を踏んでいく。

 そもそも、広間中の視線を集めているのにも理由があった。ただ遅れて朝餉に現れたくらいでは、この騒がしい本丸で注目を集めることなどまず無い。

 一期が微笑みかけ、まっすぐに目指しているのは、どう見ても三日月宗近、その太刀の隣の空席だ。先ほどまで、三日月が温和な笑みで、しかし頑なに、いつも食事を共にしている銘三条の面々に座らせなかった席である。

「来たか」
「すっかり遅くなってしまいましたな」

 一期は、当然のようにすとん、と三日月の隣に腰を落とした。そしてにこにこと微笑みを交わし合う。まるで恒例行事をなぞっているかのようだが、この本丸の誰も未だかつてこの二人が親しげにしているところなど見たことはない。一期の逆隣に座る小狐丸も目が点だ。

「どこへ行っていた?」
「鍛錬へ」
「俺を独り寝させてか?」

 拗ねたような物言いだが、わずかに首を傾げる三日月の顔にはむしろ、愉しげな笑みが飾られている。一期はそれを眉尻をやや下げる弱い笑みで受け止めた。

「お詫び申し上げる。気を引き締めねば、と思ったんです。目覚めて隣に貴方が居る幸福は、私の手に余るかと」

 絶句する周囲をよそに、ふっと三日月は呼気を吐き出した。それからいつものように、大きく伸びやかに声を上げて笑う。

「やあ、笑わせてもらったぞ。だが毎度そうされては堪らんな。早く、慣れてくれ」

 畳に手をつき覗き込む三日月の髪の長い房を、一期が愛おしげに梳く。そして口づけてすぐに離れた。

「はい。必ず」

 一期は相変わらず俺の扱いがうまい、三日月がまたころころ笑う。その隣で一期もいつもよりも深い笑みを浮かべている。しん、と不自然に静まり返った広間の中で、三日月がふと顔を上げた。

「して、歌仙。いつ朝餉は始まる?」

 始めたくても始められなかったんだよ、君たちのせいでね。

 歌仙はこの本丸の初期刀であり近侍であり、更に言えば三日月の良き友人であったため、その言葉をぐっと飲み込み、半ばやけくそで食事の号令をかけたのだった。

1ミリの隙間も空けたくなくて

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