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あまりてなどか



 さて、朝餉での突然の披露宴(と、歌仙は心の中で勝手に命名した)(餅でも出せばよかったかと思っている自分の思考疲れを本気で労わりたいと思っている)を経て以降、一期と三日月の周辺は騒がしい。しかも、それぞれで騒然としているわけでなく、隙あらば互いの隣を陣取っているため、正しく二振一組の周囲が騒がしい。

 自立心と好奇心の旺盛な一期の弟刀たちは、この状況に最も早く順応してしまった。むしろこの状況を楽しんでいるようで、近い内に手作り挙式の企画でも立ちそうなくらいである。この本丸の審神者は現世との兼業のため不在であることが多く、皆退屈しているのだ。ちなみに審神者は一期と三日月が想いを通わせたその日に一期から報告を受けていたらしい。鶯丸が訳知りだったのも来歴の誼で一期から。それを聞いた時、歌仙はどこか遠駆けにでも出かけて誰にとも知れず裏切り者と叫びたくなった。雅ではないのでやらないが。

「ね…いち兄、あの話、して?ねえ?」
「またかい?」
「ぼくもききたいです。だってぼくたち、ぜんぜんしらなかったんですよ!」
「ははは、それはご無礼を」

 三日月は今日歌仙と共に畑当番を担当することになっているが、まだ姿を現していない。いつもの通りのんびりと身支度をしているところに違いない。畑の傍の物置小屋、その軒下に置かれた休憩用の長椅子に、当番よりも律儀に早く現れて座っているのは一期だ。非番の一期がそこに座す理由を本人に問うのは野暮というものだろう。この椅子からは畑を一望できる。

 あの日から一期の隣は大抵三日月が陣取っているが、今日は乱と珍しく今剣が一期を挟んでいる。どうやら一期にせがんでいるのは二振の馴れ初め話だ。

 この状況への順応の早さは三条の刀も藤四郎たちに負けてはいなかった。今まであまり接することのなかった一期との新しい接点に、人懐っこい今剣は喜んでさえいるように見える。両家の関係も良好か、とふと考えてしまい首を横に振った。三日月が来るまでに物置の道具の整理を終わらせることに専念したい。

「あの方は私を見つけてくれた。その幸運をどこで取り零すか分からんと思えば、臆病風に吹かれました」

 一期の声は柔らかい。だが弟と接する時にたまに耳にする声とは、また少し違って聞こえる気がした。

 短刀たちのように面と向かって野次馬になる気は起きず、歌仙も二人の馴れ初めについては詳しく知らずにいる。伝え聞く話を繋ぎ合わせるに、三日月が熱心に一期を慕い、一期はそれに感化され、最後にはそれを誰にも触れさせずに大事にしまい込みたいと考えるまでになったとか、ならなかったとか。噂とは話半分に聞くもので、立ち聞きは悪趣味な行いだ。仕事に専心する。

「ですが、私の心の平安のために伴侶に寂しい思いをさせるようでは、意味がありませんからな」

 きゃあだの、わあだの、楽しげな歓声と笑い声が上がる。表に居る二口のなんと無邪気なことか。何故なんの関わりもない歌仙が赤面して居た堪れない気持ちにならなければならないのだろうか。

「それで?」
「うん?」

 やっと現れた三日月と共に連れ立って畑に入り、胸に広がる靄を八つ当たり気味にぶつけることにする。それなりの交誼は重ねたつもりだ。これくらいの意趣返しは許されたい。

「君は、彼のどこに惚れたんだい?」

 亀のように首を伸ばして畑から顔を出す三日月は、いつもより明るい笑顔をしているように感じる。滞りなく「補給」できているためか、先ほどの一期の言葉ためか。きらきらと初夏に汗が光った。

「すまんな。歌仙もあれに惚れると困るからなあ」

 考える素振りを少しも見せずに歌仙に答えて、三日月は声を上げて笑う。はあ、深いため息を吐きだす。それでも陽気な笑い声に歌仙もつられて笑みを浮かべてしまった。先ほどの一期の言葉が耳に蘇る。

――それに、あの方は…取り零す度に何度でも拾って下さると。私の幸福を、

 嬉しげな声が途切れるのと、新たな気配が表に加わるのは同時だった。一期、こちらも穏やかな、しかしいつもとはまた違った声でその名がなぞられる。

「何度惚れても足りません」

何度も言わせる惚れ台詞

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