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流れ星を釣るひと (十星)



 とりあえずデュエルだろう、そうやって始めたは良かったが、これが楽しすぎてやめられない。低い天井に背を丸めている遊星の膝のあたりのシーツをフィールドに、十代はベッドに腰掛けてデュエルをした。相手は病み上がりだ、ほどほどにしようと思うのだが、遊星のデュエルには不思議な引力がある。

「やっぱりそのシンクロ召喚ってやつ!面白い技だよな。わくわくするぜ」

 デュエル中には喋らせないルールを設けたので遊星は小さく笑うだけだ。効果発動やフェイズの宣言だけでもかなり喉を使うだろう。遊星の声はまだかすれている。遊星を釣り上げてからというもの、なんだか苦しんでいる顔ばかり見ている十代としては、その口や目の端だけの笑みでも充分楽しめる会話だ。

「疲れてないか?」

 遊星は首を振ったが、さすがに中断することにする。覗き込んでいたユベルや大徳寺もすっかり呆れ顔だ。得意の融合でさっさと形勢を逆転し勝利を収める。少し悔しそうな遊星に二本指を突きつけて笑った。案外表情に出るやつだ。水を手渡して喉を潤わせる。

「それどころじゃなかったから忘れかけてたけど……どうなんだ。何か思い出したか」

 一瞬、遊星は目を見開いて瞬かせてみせた。風邪との格闘ですっかりこの異様な状態を忘れていたんだろう。十代もすっかり忘れかけていたが、本来遊星はこの時代には存在しない人間だ。遊星は何か口を開こうとして、その瞬間に顔をしかめた。額に片手を当てている。

「遊星?」

 残った片手が何かを掴むように宙を彷徨うので、悪夢に苦しめられた遊星に差し伸べる時のようにその手を掴んだ。遊星は呆然とした目を十代と合わせた。ベッドの影がその顔にも影を落とす。

「思い……出せない、流れて出て行ってしまっているみたいで……どんどん遠くなって……」

 頭痛も伴っているらしく、遊星は恐らく無自覚に十代の手を強く握り返している。まだ本調子じゃないだけだ、そう宥めて、もういいからとベッドに肩を押し付ける。

「とりあえず寝とけって。寝れば大体の病気は治るんだからさ」
「十代さん、だが、」
「な?」

 回復しかけの体には、過剰な睡眠は逆に辛いのだろうが、物言いたげだった遊星はそれでも目を閉じた。わずかに逃れようとする動きを感じたが、手は離さないままだった。

『寝た……みたいだにゃ』
「ああ……」

 すう、呼吸と共に胸が上下する。力の抜けた遊星の手のひらを親指で何とは無しになぞった。硬く大きな手だ。こんなに無防備な寝顔を晒しているくせにと、不思議な気分になる。今のところは安らかな寝顔だが、寝たら寝たで悪夢の心配をしなければならないのだった。手のかかる奴だぜ、思わず呟く。

『だから寝たくなかったんじゃないのかい』

 相変わらず呆れた調子のユベルに、遊星が何かを言いかけていたことを思い出す。確かに遊星は寝れば必ず悪夢を見ているような状態だ。おかげで風邪も長引いたようだった。まさかいつもこんな調子で寝ているわけもないだろう。明らかに何かがおかしい。

「遊星がここに来たことと、夢が何か関係あるのか……?」

 目に見える何かが遊星を脅かしているなら、十代はいくらでも手を貸すことができるし、それを厭わないつもりだ。しかしさすがに夢の中にまで潜り込むことはできない。安眠を守ってやることなんて些細な事でしかないのに、それができないのだ。

 ふと、十代は遊星の手をなぞる指を止めた。

『なんだい。ヘンな顔して』
「いや……」

 いつのまにか、自分よりずっと後を生きるのだろう未来のデュエリストを守ってやりたくなっている。いつのまにか、できるだけ傍にいたいと考えている。ほんの一瞬、奇跡みたいな力で偶然道が交わっているに過ぎないのに。そんな自分に苦笑しようとして、遊星の手がピクリと動いた。意識を寝顔に戻せば、眉根が寄ってしわになっている。苦しそうな呼吸が漏れた。

「遊星、」
「だったらこのまま一緒にいればいいんじゃないか?せっかく釣ったんだぜ!」

 ユベルや大徳寺とは明らかに違う、鮮明な声に背筋が伸びる。しかもただの声ではない。聞き覚えが無いようでいて、体に馴染みすぎた声だ。視線を鋭くしてゆっくりと振り返る。そこには屈託の無い笑顔が待ち構えていた。

「そいつ、この時代のやつじゃないじゃんか。だからどこにいたっていいし、こっちも気兼ねしなくったっていいだろ?」

 赤いジャケットの制服に、黒い丸首のシャツ。幼い輪郭には、荒削りな光を凝縮した瞳が輝いている。性質の悪い冗談にもほどがあるというものだ。『自分』には何も言葉をくれてやらず、十代は隣のユベルに目をやった。

「見えるか」
『ああ。可愛げのある頃のキミだね』
「……だからからかうなって」
『今も可愛いよ』
「そうじゃねえよ」

 見た目はいかにも『自分』だが、その実体は全く違った、空疎なものだ。こんなもので十代を騙せると思っているなら舐められている。うなされている遊星の額を軽く撫でてやり、ため息を吐き出した。

「ダークネスか?」
『人間がいる限りその残像みたいなモノはいくらでも現れるだろうね』
「それにしたって……なあ」

 『十代』は、闇の片鱗さえ感じさせない笑顔でデュエルアカデミアの演習用ディスクを構える。デュエルだ、と言いたいらしい。名残を惜しむように遊星の手を離し、ベッドから立ち上がった。

「なあユベル、オレって実は寂しいのか」
『さあね。もしそうならボクが居るのにそんなこと考えてるだなんていい度胸だと思うけど』
『私もいますのにゃー!』

 小さく笑って十代もデッキをディスクにセットした。こいつが十代自身から生じた空疎な感情なら、デュエルでカタをつけるしかない。

『ただ……』
「ただ?」
『ここ何日かのキミはひどく楽しそうだったよ』

(2011-09-10)
いつのまにか(あの人の心を開く5のお題-04

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