休日の部活は平日より早く終わることがある。そういう日、最近の夕香は料理をしたがる。きっと少しでも家事を覚えて激務の父を助けたいのだろう。豪炎寺とフクとの三人で買い物に出かけ、あれこれ相談しながらひとつの料理を作ることを楽しんでいるようでもある。料理を通じて兄と遊んでいるつもりなのかもしれない。
「夕香、よそ見するな。こぼすぞ」
今日のメニューは無難にカレーだ。前回のシチューと殆ど材料や工程は変わらないが、夕香は上機嫌で満面の笑みを浮かべている。その笑顔を両手で支え、肘をついて豪炎寺をじっと見上げたまま動かない。豪炎寺が注意するとスプーンすら脇に置いてしまった。
「もうちょっとだけ〜!」
「カレーが冷めるだろ」
「もうちょっと!」
「夕香」
強めに名前を呼ぶと、笑顔はふてくされた膨れ面になってしまった。プイ、と顔をそむけたが、何かを思い出したかのようにまた視線が戻ってくる。
「だって、おにいちゃん、まえに言ってたもん! おかあさんがこうしてたって!」
ついた肘をパタパタさせながら夕香が身を乗り出す。その可愛らしい姿とは少し違うが、ずっと昔、そこには確かに母が座っていた。そして優しく柔らかい笑みで幼い豪炎寺と父をじいっと見つめていた。
「それでね、だいすきだから、だいすきな人がおいしそうにたべてたら、それでおなかいっぱい、って言ったって言ったー!」
もうすっかりおぼろげになってしまった記憶にさっと色がつく。すとんと夕香の――母の言葉が体の中に落ちていった。そしてあっさり、豪炎寺の中にあるひとつの感情を見つけ出してすくい上げていく。
「夕香もおなかいっぱいだよ! おにいちゃん! ……おにいちゃん?」
夕香を正面から見ることもできず、視線をうろうろと彷徨わせるのも情けなくて、目元を手で覆った。やたらと手のひらに熱が伝わる。明日からはいったい、どんな顔をして昼を過ごせばいいのだろうか。
でも、テーブルの向こうから笑顔が返ってきたらと思う。きっと、それだけでいっぱいになるに違いない。