文字数: 4,775

バカと煙は(銀魂・銀土パラレル)



※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6532314
※ ぜっさん

 昔から何かと絡まれることが多い。

 銀時としては地味に、あの無個性メガネの新八よりもひたすら地味かつ平和に暮らしているつもりなのだが、何故だか先輩やら他校生やらチンピラやら名乗る奴らに生意気だなんだと絡まれる。ふざけたパーマだとか、目が死んだ魚の目だとか、親切のつもりですかコノヤロー余計なお世話だこちとら生まれてからこっちこの顔とオハヨウからオヤスミまで一緒だぞ、としか言いようがない。カルシウムが足りていないのだろうか。一度は実際に手に持っていたいちご牛乳を頭から飲ませてやったこともあるが、あまり効果はなかった。し、勿体なかっただけだった。

 まあ、時折はどうしようもない性分で、人のクソみてェな事情に首を突っ込んで、自分から絡まれに行っている時もある。そのへんはやむをえない事情だ。その時も知り合いでもなんでもない女に突然助けてだなんだと喚かれ振り回され、何かと思って見れば路地裏に引っ張り込まれてコワイお兄さんたちとコンニチワである。何てことはない、ただの美人局だ。適当にあしらって退散しても良かったが、女が「こんなことはやめたい」だの何だの最後まで図々しく泣き始めたのでしょうがなかった。はた迷惑な話だ。やめたくなるなら最初からやるなと言いたい。天パは自分で始めたわけでもないのにアイデンティティに食い込んできやがって最早やめるやめないの問題じゃなくなってきてんだぞ。最後に礼を言われたのはこのへんの銀時の説教が響いたのだろう。多分。

 とにかくその日はひどく疲れていた。家に帰るよりは近かったから学校まで来てみたはいいが、授業を受ける気なんか微塵も湧かない。静かな校舎裏で薄汚れた壁に背中を預けて眠る姿勢に入る。足元に吸い殻がいくつか転がっているのを見ると、長居しないほうが良さそうな場所だったが、疲れのほうが勝っている。絡まれたらその時はその時だ。それにしても煙草なんて吸う奴の気が知れない。あんな甘くもない不味いモン、好き好んで銜えてるなんつーのはマゾとしか思えない。

 そんなことをだらだら考えながら、ズリズリと少しずつ重心の位置を下げて目を閉じる。時折鳥が遠くでさえずり、木の葉が風で揺れる音がするくらいで他は静かなものだ。しばらく心地よいまどろみの中に居たが、鼻が何かの匂いを嗅ぎ取った。顔を上向けて薄目を開ける。

 今更だが、快晴だった。雲一つない日本晴れだ。ついこの間まで雪がちらついていたような季節だから、そんな天気でも暑さは感じず、ほどよくあたたかい。どこかに冬を残した淡い青のお天道さんを、更に白くぼかすものは煙だ。いつの間にかすぐ頭上の窓枠に人が寄りかかっていて、煙草を吸っていたのだ。銀時からはそいつの首筋から顎がよく見える。筋ばって喉仏の出たそれはいかにも男らしいものだが、いやに白いなと思った。しばらく、そいつが白い煙を吐き出す様をぼうっと見ていた。やたら美味そうに煙草を吸うものだから、声をかけづらい。ひょっとすると吸い殻はこいつのものだったのだろうか。青い空に白い煙と白っぽい首筋が浮かんでいる。

「バカと煙はってやつ、マジだったのかァ」

 声に出していないつもりだったが、眼鏡越しの鋭い視線がぎろりと落ちてきたので、それが「つもり」で終わったことに気づいた。銀時に気づいていたのか気づいていなかったのか分からないが、男に驚いた様子はない。じっと銀時を睨み下しているだけだ。銀時もそれをぼうっと見上げる。

 ふと、男が動いた。煙草を窓の桟に押し付けて火を消し、吸い殻を放り捨てた。それから迷いなく両手を窓枠について、あっと思う頃には背中に蹴りが入っていた。

「教師に向かってバカたァなんだこのサボリ天パ野郎」

 そこで初めて、銀時はそいつが教師だと知った。そしてそう時間のかからない内に、進級後の担任だと知ることになったのだった。

「んだァ。こりゃ」
「あーあヤダヤダこれだからマナーの守れない喫煙者はよォ。吸い殻をポイポイポイポイ捨てやがる。そんなんだとコミックの表紙になれねェぞ?アニメ化の時どうすんだ?製作者からそんなに煙たがられてェのか?タバコだけに?タバコだけにってか?」
「うっせェェ!また蹴られてェのかテメェは!」

 よしんば週間少年誌だったとしても人気がありゃいいんだろうが、大きいお姉さんたちのな、とかなんとかブツブツ言いながら窓枠に置いておいたものを手中で弄ぶ土方「先生」を見上げる。

 銀時があの日疲労を引きずって背中を預けた場所は、土方の隠れ家、もとい隠れ喫煙所だった。ほとんど使われていない物置のような教室しかない廊下の前の窓だ。全面禁煙に悪態を吐きつつも、従うしかないしがない公務員である土方は、口さみしさに苛立ちつつ彷徨っていたところこの場所を発見したらしい。

「いーけないんだいーけないんだー。校長センセに言ってやろー」
「あァ?サボリで教育指導されてェのかこの天パ学生が」
「オイ、天パを不良の変わりに使うのだけはやめろ」

 やなこった、なんて言いつつ、土方がまた青空に白い煙を吐き出す。口の端に意地の悪い笑みがある。そうしていると子供みたいな表情だった。普段はしかめ面しか見せず、ほとんどの学生たちには恐れられているから余計にそう思う。苗字と歴史上の人物のあだ名に引っかけて、「鬼副長」なんて呼ばれてるらしい。

 銀時と土方は持ちつ持たれつ、ここで顔を合わせる機会がれば、なんとなく一時間ほどを共に過ごしている。元々煙草は匂いからして苦いので好きではなかったが、土方と居るときは何故だか気にならない。きっと煙が青空に溶けていくからだろう。

 しっかり切り揃えられた爪の、線のしっかりした指がゆるく挟む煙草は、最近流行りの細身のものでは無さそうだ。やや上向きがちに煙を吐き出しているので、銀時から見える顎のあたりはやはり白っぽく映る。切れ長の目は細められていて、束の間の煙草に満足そうにも見えた。

 ちら、と土方が銀時を見下ろす。見られていることに気づいている。だから土方はふっと小さく笑って、また遠くを見つめるのだ。

 今まで、「先生」と呼ばれる奴を好きになったことはたった一度だけだ。今後も無いだろう。だが土方が煙草を吸っている姿を眺めるのだけは好きだった。不思議な気分だ。

「ほらよ」

 ぽこん、と頭に何かが放られた。咄嗟に落ちてくるそれを拾う。円筒状で、ふざけた落書きみたいな顔が書かれたキャップがついている。万歳しているかのように雑にひっつけられた両腕が間抜けな携帯灰皿だった。銀時が窓枠に置いておいたものだ。しかめた顔を上げれば、そこにはやはり笑みがある。

「持ってろ。次も持って来い」

 それだけ言うと、土方はさっさと窓枠から離れて歩き去ってしまった。銀時の手の中でカサカサと音がする。既に一本、吸い殻を呑み込んでいるらしい。

 あーあ、なんてわざと声を出して、顔に手のひらをぶつけてごまかす。自分がどんなガキっぽい顔で土方を見上げたのかと思うと居たたまれなかった。

 はあ、と深いため息が上から降ってくる。それでも煙は青空に向かって上っていった。今日の青空はやたらと湿っぽい。梅雨が近づいている。そろそろ日向に晒されているのは辛い季節だった。それでも銀時は、この薄汚い校舎の壁に背を預けている。

 土方は珍しく背を曲げて窓枠に両肘をついていた。いつもは窓際の壁に背を預けているので、距離と煙草の匂いを近く感じる。長い前髪が俯きがちの顔にかかって影を作っていた。呆れたように閉じられた睫毛はくっきり黒い。場違いにも、お綺麗な顔だなと間抜けな感想が浮かんだ。

「オイ天パ。さっきから土方大先生様のお言葉を無視してだんまり間抜け面晒しやがるとはいいご身分じゃねェか?」

 土方はぴくぴくと眉のあたりを震わせている。苛ついているのがよく分かった。銜えた煙草を苛ついたように吐き出し、新しいものに火をつけている。今日は「灰皿」と偉そうな笑みで宣うつもりはないらしい。

「土方って、」
「先生!」
「センセって、キレーな顔してんなァ」

 ダン、と大きな音で拳が窓枠に振り下ろされた。こちらまで振動が伝わりそうだった。見開かれた目は瞳孔まで開いている。ふざけるなと言いたいらしい。

 しかし銀時は笑いそうになってしまった。意外だった。ただからかって遊んでいるだけで、土方は銀時にさして興味を持っていないのだとばかり思っていたからだ。

 相手の不意打ちを受けて金属バットを頭に振り下ろされた銀時は、それを寸でのところで避けた。しかし目の上あたりを少しかすってしまって、じんじんと痺れるような痛みと共に生暖かい血が流れ出ているのが分かる。フラフラと学校へ辿り着くまでに随分人々の好奇の視線を受けたので、どんな有様かは大体想像がついた。相手は、二年終わりに助けた美人局に絡んでいた男たちだ。やっぱり人助けなんてロクでもないが、無視もできないのが性分だから仕方ない。

 それでもこの場所に来たかった。土方が来ているかもしれないと思えば。明日から梅雨が始まるかもしれないなんて思えば。青空と煙と土方とを、バカみたいに見上げているのが銀時は好きだ。

「テメェは……!クソ、いいから来い!とりあえず手当てを……!」
「分かった」

 銀時はのそりと立ち上がった。そうすると、屈んだまま怪訝げな表情を浮かべている土方とほぼ目線が変わらない。今までどうしてそうしなかったのか分からないくらい、近い距離だった。いつかの土方のように、両手を窓枠について地面を蹴る。ふわりと体を浮かせた力の流れを制御せず、土方に飛びついた。聞こえたのは、うお、という色気のない悲鳴だ。

 ベタン、と少し間抜けな音で土方は背中から廊下に着地した。咄嗟に銀時はそれを押しつぶさないように両手をつく。痛みにしかめられた顔がすぐ真下にある。青空はそこに無く、くすんだ茶色の廊下しか無い。黒い髪の毛が乱れて、額がいつもより広い。

「テメ……!」
「銀時」

 名前は一度も呼ばれたことがない。それどころか、ここ以外の場所では会話どころか視線もほとんど合わない。金属バットが当たる、そう思った瞬間に何故だかそんなことを考えていた。

「俺、お前のことが好きらしいわ」

 しばらく土方は銀時をじっと見つめていた。初めて窓越しに会話した時のように、驚くでもなく、じっと銀時を見上げている。

 はあ、また大きなため息を吐き出して、土方は銀時の肩をぐっと押した。そのまま強い力で銀時を押しのけ、立ち上がった。それから周囲を見渡し、放り出されている煙草が廊下を焦がしているのを見つけ顔をしかめ、それを拾い上げて銀時の口に突っ込んだ。

「保健室行くぞ。ガキ」

 くるりと踵を返し、付いて来ているかの確認もなく土方は歩き始める。いつもなら苦味と煙たさにすぐに吐き出しているところだ。だが今日はなんとなく耐えている。土方の真似をして、ふうと白い煙を吐き出した。

 相変わらず、煙草を吸い続けてる奴の気持ちなんざ分からないが、吸い始めた奴の気持ちなら今、分かる気がする。そいつは分かったのだ。もう自分が、子供でないことを。

-+=