「あー腹減ったあ! 父さん、ちょっとちょーだい!」
「守! ご飯食べた後に腹減ったなんて言わない! 最近はいつもの倍は食べてるくせに人の物取らないの!」
「だあって、最近メチャクチャ腹減るんだもん」
「まったくもう……」
大抵円堂より一、二時間遅く帰宅する父とは食事が別になってしまう。それを寂しいなんて思う歳じゃないけれど、夕食後しばらくして、小腹がすいた頃に良い匂いを嗅ぐのはちょっと辛い。ただでさえ今日は大好物のカレーだ。どろどろに煮込まれたルーにはにんじんや玉ねぎ、じゃがいもなんかが溶け込んでいる。今回の肉は鶏肉だ。とろとろの鳥皮なんかを口の中で発見すると、当たりだ! と嬉しくなってしまう。
「辛くない? ルーを何種類か混ぜてるんだけど、ひとつ間違えて辛口入れちゃったの……」
「そうかい? 気づかなかったなあ、おいしいよ」
「なら良かった。でも甘いほうが好きでしょ。次は気を付けるから」
「うん。いつもありがとう」
父の笑顔を見て安心したのか、母はアイロンがけを宣言してダイニングから出て行った。その瞬間に父がコップを掴み、水を一気飲みする。ぷはあ、いつかの自分を思い出した。
「……父さん、食べようか?」
「ははは、大丈夫大丈夫。辛いけど美味しいのは本当だ」
円堂もそんなに得意じゃないけれど、父はそれより更に辛いものが苦手だ。円堂がぺろりと平らげてしまったカレーを、汗だくになってゆっくり食べている。時折舌を出して休憩しているのなんかいかにも辛そうだ。
「辛いって言えば良かったのに。帰って来る前、母ちゃん、弁当の作り置き食べてもらおうかなあ、って言ってたよ」
何か言おうとして、でも舌が痺れているらしい父はもう一度水を一気飲みした。もう四杯目だ。このままサッカーしたら確実に脇腹が痛くなるだろう。と、思いつつまた水を注いでやる。
「……でも、好きな人の前ではカッコつけたいだろう?」
少し照れた笑みは、優しくて柔らかい。どこかで見たものと少し似ている。それがどこで見たどんな笑みか思い出したら、父の言葉がすとんと体の中に落っこちた。全く気づかない内にゴールを割られていたみたいな気分だ。悔しいよりもまず、驚く。
「守にはまだ早いかなあ……。守? まもるー」
すとん、食卓の椅子に勝手に腰が下りた。そうすると色々な感情に鮮やかな色と名前がついて、体中を駆け巡っていく。どうにもいかなくなってとりあえず、熱くてたまらない頬を冷たいテーブルにひっつけた。明日からは益々給食なんて入らなくなるんじゃないだろうか。
でも、明日はもう少しちゃんと見ていようと思った。テーブルの向こうのあの笑みを。それだけできっと、いっぱいになるに違いない。