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零れる、拾う



 陽が傾いてきた。遠くに連なる小山はどれも赤や黄色で染まっていて、空までも同じ色になり始めているから、まるで紅葉が空に流れ出ているみたいだ。雲取山を思い出した。家の裏の川は落葉が水面に敷き詰められて、まるで錦が流れているみたいになるんだ。今の空みたいに。そんなことをぼんやり語ったけれど、義勇さんは相槌も打たなかったので聞いていたかは分からない。

 山裾にある町の旅籠で義勇さんは足を止めた。懐の手紙と店の名前を見比べ、間違いないことを確かめて暖簾をくぐったので後に続く。すまないが、義勇さんの声ににこにこと愛想のよい笑みを浮かべた年配の女性が出てくる。女将さんのようだ。

「鱗谷という男とここで落ち合うことになっている。訪ねて来たか」
「いいえ、ないですねえ」

 鼻先に嘘の匂いもない。気の良さそうな笑みに違わぬ優しい匂いがして、この人は信頼できそうだと判断する。義勇さんも特に疑いを持った様子もなく上がり框に腰を下ろした。

「では待つ。一部屋頼む」
「はいよ」
「鱗谷が来たら知らせてくれ。冨田を訪ねて来る」

 女将さんは手慣れた様子で義勇さんに名前なんかを聞いて台帳に書き入れ、部屋まですぐに案内してくれた。居並ぶ部屋にまばらに人の気配はあるけれど、廊下は人影もなく静かだ。笠を取ると女将さんの顔がたちまち明るくなる。随分男前なお客さん「たち」だね、と言ってくれたけど、満面の笑みで眺めているのは義勇さんの顔ばかりだ。

「兄弟かい?」
「いえ、違います!ん?でも同じ先生に習ったんだから兄弟弟子にはなるんでしょうか?」
「へえ?先生。お茶やお琴ってわけもないよねえ」

 女将さんがちらりと刀袋に目を遣った。一瞬どきりとしたけれど、この辺にも古くからの道場があるんだよ、昔は立派な武家屋敷もあってねえと言われただけでほっとする。きっと中身は竹刀か木刀だと思われているだろう。

「まあ腕に覚えがあるってのは安心だね」
「……何かあったんですか」

 何かを不安に思うような肺に重く沈む匂いがして思わず尋ねていた。女将さんだけじゃなく義勇さんもきょとんと目を丸めている。確かにこの匂いさえ無かったら、ただ道中の安全を喜ぶような言葉に聞こえるだろう。幸い、女将さんは炭治郎の言葉を訝る様子はない。子供は鋭いねえと苦笑された。

「このところ神隠しみたいに人が居なくなるってことが相次いでてね。それも女子供じゃなくて大の男がさ。腕っぷしの強そうな男ばっかりだから、危ない目に遭ったんじゃあないと思うんだけど……」

 義勇さんの目が鋭く動いたので小さく首を横に振って返す。この宿はもちろん、この町に入った時にも鬼の匂いはしなかった。もちろん、町の近くに鬼が潜んでる可能性はあるだろうけど。

「ここも用心棒に置いてた男が消えちまって。いい働き口でもあったかねえ」

 すっかり女所帯さ、女将さんのため息は重い。鱗滝さんに禰豆子を預けたら、町の中を念のため見て回ることに決める。義勇さんも何かを考え込むように目を伏せているから、もしかしたら似たことを考えているかもしれないと思った。あとで話してみよう。

「お客さんらも気を付けなね。夜は戸を閉め切るから、外に出ないどくれ」

 思わず義勇さんと目を見合わせてしまった。もうすぐ陽も沈む。この宿で一晩過ごすことになってしまいそうだ。鱗滝さん、締め出されないといいんだけどな。

 ともかく、待つ他には何もできないからと義勇さんが女将さんに膳を頼んでくれた。これが思っていたより豪華で、せりのお浸しや山芋の汁みたいな山菜だけじゃなく立派なアジの干物が付いてきた。食べていいんですか、と前のめりに問えば、遠慮するなと返されたので、言葉通りに有難くご相伴に預かることにした。アジの焼き加減も米や汁物の炊き具合も絶妙だ。炭焼き小屋の息子の俺が言うんだから間違いない。

 義勇さんは元々寡黙な人だけど、食事中はもっと静かになってしまう。喋りながら食べることができないそうだ。大抵俺一人で喋っているから、うるさいでしょうかと一度尋ねた時にそう言っていた。別にうるさくないとも。なんだかその返事が嬉しくて、それからは一人でもずっと喋っている。

「そこで、伊之助がドドドーと行って、そうすると不思議なんですけど、善逸も引きずられるようにズバババ…ってできるようになって」
「どどど……ずばば……よかったねえ」

 籠から転がり出て暇を持て余していらしい禰豆子が、隣で俺の仕草を機嫌よく真似している。小さな頃、なんでも俺の真似をしたがったのを思い出す。微笑ましく見下ろしていると、またあの軽やかに香る匂いがした。慌てて顔を義勇さんに戻す。

「あ、笑った!義勇さん、また笑いましたね!」

 しかもいつもより口角が上がっていて優しい顔をしている!気がする!でも嬉しくて大声を上げてしまったので驚かせたのか、義勇さんの顔はたちまち能面のような無表情に戻ってしまった。慌てて箸を膳に戻す。

「ああ!違うんです!笑って悪いわけじゃなくて、俺、なんだか嬉しくて」

 今度は戸惑う匂い。俺の言っていることややっていることがよく分からない時に義勇さんがさせる匂いだ。俺はますます焦って手を大きく振った。話に熱中するとついつい身振りが大きくなる。

「言ったと思いますけど俺、その人の考えていることが匂いで分かるんです。はっきりと分かるわけじゃないんですが、感情にも匂いはあるから。だけど義勇さんはすごく匂いが薄いというか、いやこれも悪いことではないと思うんですけど」

 義勇さんは神妙な顔でひたすら咀嚼を続けて、思わずといった様子で自分の袖のあたりを匂っている。けれど何も分からなかったらしく、元の姿勢に戻った。喉がごくりと食べているものを飲み込む動きをする。

「だから、何かひとつでも義勇さんのことが分かると嬉しいと思います。ええっと、そうだな、山を歩いている最中に食べ頃のタラの芽を見つけた!って時に近い感じで」

 そうだ、これだ。咄嗟の思い付きの言葉だったけど、なかなかどうしていい表現だ。義勇さんはどこかぽかんと呆けた様子で俺の言葉を聞いていたけれど、やがて口元が緩んだ。行燈の黄色い柔らかい光がそれを包んでいる。

「あ、また!ふふ、確かに楽しい匂いがします!俺何か面白いことを言ったでしょうか?」

 鼻先に指を当ててすん、と動かした。いい匂いだな、と思う。好きな匂いだ。義勇さんは何も言っていないけれど、会話が弾んでいるような気さえする。ふふふ、と嬉しさが何故かくすぐったくて思わず体を揺らした。

「……いや。ただ、弟妹が居れば、こんな風かと」

 弟妹。

 確かに禰豆子は俺の妹だ。だけど俺は長男で、兄ちゃんと呼ばれるのはいつも俺のほうで。義勇さんはいつも寡黙で落ち着いていて冷静で堂々としているから、俺みたいな未熟者が易々肩を並べられる相手ではないことは重々理解しているつもりだ。けれどなんだかその言葉が衝撃で、それまで露にも思わなかった恥ずかしさが背中から駆け上がってきて頬を熱くする。突然言葉を詰まらせた俺が気になるんだろう。義勇さんの匂いが怪訝げなものに変わってしまった。

「炭治郎?」
「あ……いえ、すみません俺、なんだか一人ではしゃいでしまって……」

 義勇さんは大人だ。口の横に米粒がついていても。めちゃくちゃついていても。後で教えてあげよう。

 それからそそくさと残りを平らげて膳を片づけた。義勇さんはそんな俺の様子を気にかけてくれているようだったけど、唐突に未熟が恥ずかしくなって、なんて今更過ぎる。余計に義勇さんを混乱させそうだったので口には出さなかった。

「俺が寝ずの番をします!義勇さんは休んでください!」

 鱗滝さんがいつ来るかも分からないし、不穏な噂を耳にした。当然、布団を敷いて横になるなんて話にはならず、義勇さんも俺も外着のまま壁に背を預けて刀を抱えている。禰豆子には念のため籠の中に居てもらうことにした。万一外に飛び出すことになった時都合がいいように。

「俺は弟弟子ですから!」

 そうだ、俺たちが兄弟弟子なら俺は弟弟子だ。さっき自分で言った言葉じゃないか。俺は長男だけど弟弟子だから、義勇さんに弟だと思われても全然恥ずかしくはない。むしろちょっと嬉しいくらいじゃないか?せっかくなら頼りになる弟弟子だと思われたい。張り切って義勇さんと膝を詰める。

「俺は本調子じゃない奴に命を預けたくない」
「わっ」

 義勇さんの表情は相変わらず少しも動かず、楽しい匂いももうしていない。けれど大きな手のひらが何の前触れもなく頭を押さえてきて驚く。一体何が起こったんだと悟った頃には、俺は義勇さんの膝に頭を預けていた。

「寝ておけ」

 え?ええ?始めは目を白黒するしかなかったけれど、起き上がろうとすると目を手のひらで覆われてしまった。やっぱり秋の空気に冷えた少し冷たい手だ。義勇さんは血の巡りも静かなのかな、動転して栓もないことを考える。義勇さんはどんな時も余計なことを言ったりはしない。静かだ。自分の鼓動の音だけが畳にぶつかるように聞こえてくる。

「兄がいたら、こんな風なんでしょうか……」

 視界が閉ざされると次第に気持ちは落ち着いてきたけど、なんだか気持ちが沈んでもくる。いよいよ俺は義勇さんの中で弟になってしまったんだろうか。しのぶさんもアオイさんも後藤さんも、今だけは休んでいて構わないと言ってくれる。俺は色んな人に心配をかけている。それに、俺にはどうしても刻限が足りないように思えるんだ。あの時。天狗の鬼と戦った時、最後の最後で俺は迷った。禰豆子と他の守るべき人たちとの間で揺れた。どちらも助ける選択を咄嗟に見出せなかった。

「俺は未熟だ。早く大人になりたいです。義勇さんみたいな強くて優しくて立派な人に」

 未熟な自分を見つけると、とてもつらい。情けないし、恥ずかしくなる。鱗滝さんや煉獄さん、お館様の背が遠い。俺はまだ守られている。それがもどかしい。

「俺は簡単に心が揺れる。義勇さんの匂いが薄いのはきっと、そうじゃないからだと思うんです」

 義勇さんの匂いは微かだ。気を付けていないと普段は分からない。数日通い詰めたから前よりは鼻が慣れて分かるようになってきたけれど、匂いですらとても静かな人だと分かる。義勇さんが編み出した型みたいに心を凪がせることができるんだ。

「俺とお前に違いがあるなら」

 小川がせせらぐような落ち着いた声。目を閉じたまま聞くと、俺の心の柔らかいところを選んで染み入ってくるようだった。水のような人だなと思う。いつも。

「お前より六年長く諦めていっただけかもしれない。俺は「この道」に入ったと」

 少し顔を動かすと、軽く覆われていただけだった手が逸れて義勇さんの顔を覗えた。普段と変わらない無表情だったけど。

「「この道」に入った以上は、ものは持ったそばから無くなる。そういうものだと思えば、少しは気が楽だ」

 義勇さんが俺が見上げていることに気づいて、口の端をまた少し緩めた。でも例のあの、いい匂いがしない。なんだか胸をつくような寂しい匂いだけしかしない。それが嫌だった。義勇さんの小さな笑みを見て嫌だと思うのは初めてだった。また目を覆われそうになって慌てて口を開──

 忘レチャエバイイノニィ
 忘レチャウノガズット楽ナノニィ

 ──こうとしてできなかった。義勇さんが素早く膝を立てたのでその勢いに乗って起き上がり俺も刃を構える。耳を刺すような不快で甲高い声は部屋の中空からしていた。二羽の「鳥」はためきながらギャアギャア喚く。しかしその鳥が奇妙で、嘴や目、羽根すらなく、まるで千代紙を二つに折ったり開いたりを繰り返しているかのようにはためいていた。赤や黄色の錦のような柄もその印象を強くする。

「だめです!!」

 俺よりも何倍も早く動いていた義勇さんの刃が鳥を今にも断とうとしていた。だけどさすがで、俺の言葉に反応して刃がピタリと止まる。

「だめです!それを斬っては!義勇さん!」

 振り返る義勇さんの目は責めるように鋭い。でもこの鳥からは鬼の匂いが『しない』のだ。斬ってしまうと何かよくないことが起こるような、猛烈な嫌な予感がする。

 ヒドォイ、ヒドォイ

 鳥たちが騒ぎながら部屋の壁に溶けるようにして消えて行ってしまう。壁が接しているのは廊下だ。外へ出たのか。籠を背負って廊下に出ると異様な光景に足が止まった。どこもかしこも鮮やかな千代紙で覆われている。相変わらず鬼の匂いはしない。だけど強烈な「不穏」な匂いが鼻に迫って頭をぐらぐら揺するようだ。

「鬼狩リネ」
「失敗シタカシラ、アノ方ガオ気ヲ悪クスルカシラ?」
「殺セバイイ」
「ソウネ、殺セバ大丈夫」

 廊下には数十羽の鳥が浮かび、それぞれが鮮やかな彩を持ち、好き勝手に甲高く喚いている。連なる客間の戸さえ千代紙で埋め尽くされて中を検めることすらできそうにないが、廊下は長く、奥の部屋に続いているようだった。奇怪な笑い声を上げながら鳥たちが飛び去って行く。多分、誘われている。

「……義勇さん」
「行くぞ」
「はい!」

 駆け出すと、時折弄ぶように鳥がこちらに向かって飛んでくる。だけどそれを斬ることはせずただ避けるだけにする。義勇さんも俺の勘を信じてくれているみたいだった。廊下の突き当りの部屋の戸はぽっかりと口を開けているのに、その向こうは不自然に暗い。一度足を止め、義勇さんと目を合わせてから踏み込んだ。

 最奥の部屋は大広間のようだったけど、千代紙が隙間なくびっしりと敷き詰められている。千代紙で作られたぼんぼりには炎とは思えない不気味な明かりが灯っていて薄暗い。手前には数人、大柄な男の人たちが座り込んだり横たわったりしている。一番近い人の元へ駆け寄ってしゃがみ込んだ。

「大丈夫ですか!?」

 見るからに屈強な男の人なのに、俺が目の前にしゃがんだだけで体をびくりと揺らした。何かに怯えている強い匂いが鼻につく。俺はあなたを助けにきました、大丈夫ですか、声をかけ続けると、かたかたと震えながら、ああとかううとか言葉にならない呻きをあげている。

「……たすけ、て」
「炭治郎!」

 そうしてやっと最後にそう言ったかと思えば、突然鋭い鬼の匂いが鼻を突いた。体がぐらりと傾く。義勇さんが俺の籠を掴んで後ろに退かせたようだった。眼前を真っ白な千代紙が数枚横切って、風に巻かれるようにくるくる踊り、最後に男の人の体にぺたぺたと貼りついていく。たちまち白い千代紙から鬼の匂いが消えて、波間に桜が漂うような美しい柄で染め抜かれた。その人はもう何も言わなかった。呻きさえあげず、体を震わせながらぼたぼたと涙をこぼしている。

「マダ喋レタノォ」
「奪ワナキャ」
「奪イ足リナイワァ、マダマダ奪ワナキャア」
「綺麗ネエ、綺麗ネエ」

 男の人から剥がれた千代紙は、他の鳥と同じようにギャアギャア喚きながら舞い上がり部屋の奥へと飛び去って行く。そこには一人の女の人──女鬼が立っている。体中、肌さえも千代紙で覆っていた。見えるのは豊かな黒髪だけで、目鼻も口も何も見えていない。鬼の匂いがしない原因はこれだったのか。

「何モ残サナイ」
「全部食ウ」
「恐怖ダケ残シテ食ウノ」
「ソレガ一番オイシイ」
「オイシイ」
「早ク食ベタァイ」

 ぐっと柄に力を込めた。奪っているのは心だろうか、記憶だろうか。どれにせよそれは人の命と等しいものだ。それが無いと一歩も動けなくなって言葉さえ失うものを、この鬼は奪って身に纏っている。

「……忘れたところで少しも楽には見えないが」

 義勇さんの匂いがいつもより強い。怒っている匂いだった。俺も同じ気持ちだ。だけど闇雲に斬りかかってこの千代紙に傷を付けてしまったら。千代紙からはそれぞれ違う「人」の匂いがする。

「義勇さん!」
「動くな!」

 迷っている内にまた白い千代紙が風を切って襲い掛かってくる。義勇さんはねじれ渦を逆刃に捻っていなすことにしたようだった。無理矢理型の形を変えたのに、それを感じさせない流麗な動きだ。技に千代紙が巻き取られて地に叩きつけられる。

「一度にそう多くは奪えないんだろう。力が弱い」

 日輪刀に直接触れた千代紙に、すうっと鮮やかな青が染みた。冬の青空をそのまま千代紙にしたような、目が覚めるほど綺麗な色だ。刀に触れても奪われるのか。義勇さんは俺たちを庇って。

「鬼狩リヲ殺セバ血ヲ頂ケル」
「アノ方ノ血」
「血ヲォ」

 義勇さんの言う通りこの鬼は話し方が拙いし、強い匂いもしない。だけど義勇さんの刀が、体が千代紙に触れる度に綺麗な青色が剥がれていく。義勇さんの言葉に憤っているのか、千代紙の枚数はどんどん増える。このままじゃ。空に舞い上がる青い千代紙を無心で掴み取って引き寄せる。炭治郎、鋭く名前を呼ばれた。

「じっとしていろ。お前は俺とは違う」

 胸元に抑え込む青色の千代紙はどれも綺麗で鮮やかなのに、どれも胸を揺さぶる悲しい匂いがする。それが尚更一枚も鬼に渡したくない気持ちを強くした。義勇さんの技の隙間から懸命に手を伸ばす。竈門、義勇さんの声は怒っている。炭治郎の名前も剥がれてしまったんだろうか。川の流れを身に纏うみたいな綺麗な技から青い千代紙がはらはら剥がれていくのは、恐ろしいくらい綺麗だった。

「生きて!鬼を殺す!それだけ残っていればいい!」

 だめだ。このままじゃ空になってしまう。それは嫌だ。俺が嫌だ。

 義勇さんはもう随分鬼に近づいていた。でも鬼の頸には特に厚く何重も千代紙が貼りついているようだ。俺の手で届かなかった青い千代紙が頸元に張り付いていく。でも義勇さんに躊躇う素振りはない。禰豆子の籠を置いた。なんとか留められた千代紙を禰豆子に託す。

 キャハハハ、と一際不快な笑い声を鳥たちがあげた。義勇さんが頸に届く間合いに入った時、これまでとは桁違いの白い千代紙が鬼の頭上に巻き上がる。それが分かった瞬間に動いていた。義勇さんを抱き込むようにして体を捻る。今にも鬼の頸を跳ね上げようとしていたから義勇さんの体は大木みたいに重心を保っていたけど、火事場のなんとやらだろうか。なんとか間に合った。

「おい!」

 背中に千代紙がいくつもいくつも貼りつく感触がある。無理矢理頭を首から引っこ抜かれるような、血の気が引くような嫌な感覚が続いていて気持ち悪い。義勇さんの顔は驚きと怒りとですごい形相だ。あの好きな匂いがもちろんするわけもないか。こんなに近くにいるのに残念だ。

「俺の、タラの芽、なんだ……」

 義勇さんが持っているから俺が嬉しいんだ。

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