▽One swallow might make a man happy. /NC1981
ヒッ、引きつった短い悲鳴を上げて助けた男が逃げ去っていく。そのポケットから白い粉の詰まった袋がひとつとシュテルンドル札数枚がパラパラと落ちていったが、構っている余裕も無かったようだ。
「待って……くれ……レスキューを……」
驚くほど声に張りが無い。ほとんど荒い呼吸の中に掻き消えてしまっている。すぐ傍で昏倒している男もしばらくは目覚めないだろう。腹部をナイフで深く抉られて、とても容赦できる状況ではなかった。
「誰か……」
深夜のシルバーステージなら誰かが通りがかってもおかしくないはずなのに、細い路地裏に人の気配を全く感じることができない。体温がぐんと下がって体が震えている。傷口を押さえている手のひらは既に血まみれで、ジーンズやシャツにまで濡れた感触があった。取れる応急処置を思い出そうとするのに、意識がひとところにまとまってくれない。早朝のジョギングで見た朝もやが頭にかかっているかのようだ。何もかもが朧気になるなか、ひとつの言葉だけが脳裏にくっきりと黒点を落とした。
このまま私は、死んでしまうのか。
途端に恐ろしくなりもがこうとするが、最早うつぶせの体勢から起き上がることもできない。視界も判然としなくなってきた。ここで死んでしまったらスカイハイは一体どうなってしまうのだろうか。ジョンは誰が面倒を見るのか。バーナビーは。バーナビーは――
「バ……ナビ……」
目元がにわかに暖かくなり、かろうじて自分が情けなく泣いていることを知覚する。今更ながら、自分がとんでもない間違いを犯してしまって、それはこのままいけば永久に正されないままになってしまうことに気がついてしまった。明日はバーナビーと共に散歩をする予定だったのに。これからもずっと、必ず素敵な一日を彼にプレゼントするはずだった。キースは彼が寂しいと思っていることを知っていた。それはきっと、キースも同じだったからだ。その寂しさに触れ、できることをとにかく何かしたいと思い、あれこれと創意工夫し、時に呆れられながら笑い合い、共に過ごすことでキースがどれだけ満たされていたか、彼は知らない。知らないまま終わってしまうのだ。
「あ、……て……」
一人にしたくない、なりたくない。彼に会いたい。
突然、体がふっと軽くなった。幼い頃、まどろんでいるところを祖父に抱え上げられた感触を懐かしく思い出す。視界はほとんど利かなくなっていたが、一筋の光のようなものがかろうじて見えた。いや、光が当たっているときの温かみのようなものを感じて、見えていると錯覚しているだけかもしれないが。力を振り絞ってとにかく腕を伸ばした。何でもいいから、とにかくバーナビーの元へ運んでほしいと思った。そうしたらきっと惜しみなく、この想いを伝えよう。