※親愛以上の感情を虎徹さんとシスに抱いててそれぞれ立ち往生な人たちの話
バーナビーがランチタイムに「いつもの場所」――ひと気の全く無い階段のふもとに辿り着くなり、何かにつまずいた。うっ、と呻き声が上がったと思えば、くすくすと弱い笑みが空気を震わせている。足下に目を落とすと、廊下にだらしなく横になっている男が目に入った。
「今思いっきり蹴っただろう?少し痛かったよ」
呆れ顔でバーナビーがしゃがみ込んでもキースは起き上がろうとしない。愉快げな笑みでバーナビーの表情が変わるのを楽しんでいるのだ。呆れのため息を吐き出したはずが、結局は苦笑になってしまった。
「……一体何を?」
「見て分からないかい?」
「分からないから聞いているんですけど」
「死んだフリさ」
「なるほど。熊でも出ました?」
「いいや。ここは避難所だから」
そうだろう、問われても答える気がしない。キースにしては珍しく意地の悪い質問だ。廊下に手を付き、甘い色をした金髪に絡まっている埃を取り除いてやる。犬の毛繕いでもしてやっている気分だ。
「……そうしていて、何か分かります?」
「何も。君が読みもしないその本を何度も手に取ってしまうのと同じだよ」
キースが腕を上げてバーナビーの持つ本を指差した。身動きが取れなくなるような無茶なことをしたわけではなく、ただ本当に廊下に寝そべっているだけらしい。それが分かってバーナビーは安堵したが、それを表に出す気はしなかった。
「キース」
バーナビーはキースに笑顔を近づけた。鼻の先がくっつきそうになるほどの距離に、目を瞬いて油断しているのを確認し、片手の本を開いてキースの顔を覆った。
「うわ!真っ暗だ!そして真っ黒だよバーナビー!」
「死者の視界なんてそんなものでしょう。死んだことが無いのでよく知りませんけど」
今日はいやに攻撃的な口ぶりへ制裁を加えられたことに満足し、バーナビーは目下の障害物を枕として有効活用することにした。わざと勢いをつけて胸板の辺りに頭を預ける。
「うっ……重い……」
「……ダメだな、この死体。鼓動が聞こえる」
ゆるやかで途切れることのないリズムを聞きながら、バーナビーはその心地よさに目を閉じた。弱く笑いの振動が伝わってくるので、ついついつられて喉が震えだしてしまったけれど。
「惚れるのは状態で、愛するのは行為だ」
笑いながら、真っ暗のはずの視界で、見えていないはずの本文の一節をキースは朗読した。