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永久凍土のソリテュード



case:A

「……っ!」

 痛かったけれど、声をなんとかこらえた。

 時々、海馬くんはこういうことをする。ボクより頭ふたつくらいはありそうな長身の全てをボクに預けて、(ボクからその顔を見せないようにして、)背中に手を回してくるんだ。それだけなら、まあちょっとは困ったりびっくりしたりするけど、実害は無い。問題はその後だ。

「海馬くん、痛いよ」

 無駄だって分かってるけど一応抗議はしておいた。海馬くんの手が背中で爪を立てて、しかも馬鹿力を込めてるんだからたまらない。シャツ越しだっていうのにこの痛さだ。――もし裸になって抱き合ったらすごく痛いだろうな、とか馬鹿なことを考える。海馬くんはきっとそんなボクのこと、微塵も気づいてないだろうけど。(馬鹿なのは知ってるって言われそう。)

「海馬くん」

 そんなことしたって、何も変わらないのに。

 ボクはボクの想像の中でしか海馬くんの気持ちを知ることはできない。そういう想像の中で、ボクはいつも考えることがある。海馬くんの持ってる怒りとか、憎しみとか、そういう感情ってどれくらいの大きさなんだろう。コップ何杯分だろう。定規何センチくらいだろう。徒歩何分くらいだろう?海馬くんはそういう感情が自分の行動力の源だっていう話が好きだ。

 でも、本当はそんなもの、行き場が無いだけじゃないか?
 だって君には、夢があるんじゃないか。
 夢があるから、頑張れてるんじゃないの?

「……ほどほどにお願いね、ほどほどに……」

 もう諦めて妥協案を出してみたけど、どうしてか爪にもっと力が入った気がする。参ったな、この前シャツに血が付いてたんだけど……。今日はそこまでじゃありませんように。

 海馬くんにもし行き場の無い、どうしようもできない感情があって、それをこうやってボクにぶつけるしかできないんなら、やっぱりボクはここに居なくちゃいけないんだろう。いや別に、誰かがそう決めたわけでもないけど……。

(ボクもそう思うよ、城之内くん……。)

 心の中で、「変だ」とか「お人よし」とかキビシイこと言ってる城之内くんに、ボクも心の中だけで返事しといた。

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