case:B
学者は言わば子供だ、という根拠の無い言説を聞いたことがある。どこまでなら許されるのか、善悪の境界を求めて禁忌を越えた向こうへ突き進むからだと。オレは学者でも何でもない上に、根拠の無い話が嫌いだ。だが時折この話を思い出すことがある。
「遊戯」
名を呼ぶと、その対称になる男は何でもないようにこちらを覗き込んで来る。時には笑みさえ浮かべているのだ。オレはこいつを、よっぽど頭のおかしい奴、もしくは救いようの無い馬鹿だと予測している。的外れな予測でもないだろう。
「貴様は……」
何かを言いかけた。問いをかけようとした。だが言葉が途切れてしまった。胃の辺りがムカムカとして気分が悪くなる。いつもこうだ。遊戯がオレの声に答えてこちらへ向かってくる度、言いようの無い気分の悪さに苦しめられる。乱暴に遊戯の両肩を掴んだ。
「貴様は、」
吐き気がする。そのせいで、随分低い位置にあるその体に縋る羽目になる。とにかく体中を血液と共に重苦しい何かが駆け抜けて、耐えられないのだ。爪を立てた。できるだけ強く。何度かシャツに血が滲んでいるのを見たことがある。あれは、少しだけ、胸がすっと凪いだ。
問いかけようとしたことなどもう後回しだ。
ただ血が滲めばいいと思った。この手で、その背に傷が付けばいいと思った。