case:C
『良くないな』
風呂に入ろうとして、脱いだばかりのシャツをまじまじ検証しているその背中に声をかけた。シャツにわずかに滲んだ血が物語っているように、その背には痛々しい赤い線が入っていた。歪だ。
「えーっと……え、えっちー!」
『……』
「ごめん」
ごまかそうとして、適当に思いついた言葉を口にしたんだろう。オレが黙っているとすぐに相棒は降参した。というより、自分の言葉の寒さに耐え切れなくなったらしい。気まずそうに目を逸らす相棒を逃がさず、覗き込んだ。
「……ごめんね」
『何に謝ってるんだ?』
「だって……ほら、君も使うから……」
代わった時痛かったらごめん、相棒はもう一度謝る。だがオレは決して、そんなことを気にしてるわけじゃない。オレはもう一人の遊戯なんだ。相棒が痛いなら、オレも痛い思いをするのが「普通」だ。そんなこと疑問にも思わないし、謝る必要なんてどこにもない。
『また海馬か』
「えっ……と……それは―――」
『嘘ついたってごまかされないぜ。他に誰が居るんだ』
でも確かに相棒は、このことを「後ろめたい」と思っているようだった。かさぶたのできているミミズ腫れをもう一度確かめる。余程爪を立てて、余程力を入れないとこうはならないだろうな。
「海馬くんも……その、なんて言うかな、悪気があってのことじゃないんだよ。きっと、こうするしか無いんだと思う。だからボクも、できる限り一緒に居たいんだ」
『……こんな傷が付いても?』
「いやほら、毒盛られたりじーちゃんさらわれたりするわけじゃないし!」
『それは比較が間違ってると思うぜ……』
相棒とオレは、それぞれがお互いを認め合って「遊戯」に成っている。だからオレは相棒のすることに大きな口を叩くつもりも無い。相棒が良いなら良いとしか言えない。辛いところを我慢している風でもないのは見れば分かる。
『オレも、海馬のことを少しは分かってるつもりだぜ』
「うん……」
『だが、こういうのはやっぱり間違ってるとオレは思う。例えお前がいいと言ったって、相棒が傷つくのは嫌だな』
傷付けたり傷付いたり、耐えたり耐えさせたりすることが、何か良い結果に道を作るとはオレには思えない。このひどい傷口のように、歪な物が出来上がるのが怖いんだ。対等に思うからこそ、海馬にはそんな歪を作ってほしくない。
『あいつが勝てないと思い込んでいるならオレが闘う。そうすればあいつも気づくはずだぜ。そんなことないってことにな』
「うん……うん。きっと、君ならできるよ」
ママがドアの向こうからもう入ったのかと声をかけてくる。それに慌てて相棒は返事をして、風呂のドアを開けた。少し困ったような顔で。
『相棒?』
「だけど……だからボクは傍に居るしかないんだ」