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Every moment bliss with you



Whoa, bae!

「アレン! ほら、ベッドですよ」

 耳元に大声を注ぎ込んでやるが、すっかり出来上がった酔っ払いに効き目はほとんどないらしい。んへへ、とだらしない笑みを零しながらここまで肩を貸してやった恩人に更に体重をかけてくる。どうにか引き剥がしてベッドに放り出すしかないだろう。はあ、ため息をひとつ零す。アンが依織から持たされた酒は飲み口が随分さっぱりしていた。後味にほんの少しの甘味がある日本酒で、刺激の強すぎる味が好みでない夏準でも美味しく飲めた。しかし、ビール程度の度数でもすぐにほろ酔いになるアレンにも飲みやすいのは厄介だった──と、気づいたのは半分以上をアレンに空けられてからだった。夏準もそれなりに浮ついていたのだろう。

「まったく」

 一旦、交わした言葉や散々搔き乱された感情を自分なりにちゃんと整理したいと思っていたが、こんな間抜けな姿を見ると真面目に考えるのが馬鹿みたいに思えてくる。ひとまず眠って、それから改めて──そんなことを考えていたが、ふと視線を感じた。肩に腕を回してやっているので、ごく近い距離からアレンが夏準を見上げていた。ほんの一瞬前まで瞼を閉じて今にも眠りに落ちそうな様相だったというのに。

「アレン?」
「夏準」

 んふ、やっぱり酔いは醒めていないのか、機嫌良さそうな笑みとアルコールの匂いを吐息に混ぜ、アレンは夏準の頬に唇をつけた。チュ、と陽気なリップ音がする。夏準が眉をしかめて何か反応するよりも早く、今度は鼻先に唇が押し当てられた。肩にかかった腕にまた力がかかり、屈まされて眉間や額、反射的に閉じてしまった目にまで唇が付く。

「ちょっとアレン」
「はは」
「헐、」

 堪えられない様子で喉を鳴らしたアレンが体をベッドのほうへ倒したので、肩をがっつり組まれている夏準も当然ベッドにひきずり倒される形になった。足をベッドの外にはみ出した中途半端な体勢で組み敷かれる。見上げた先では、酔いの回ったワインレッドの瞳が熱を持って夏準を呑み込もうとしていた。

「夏準」
「いい加減、に」
「夏準……」
「アレン……!」

 掠れた囁き声で何度となく名前を呼ばれながら、キスの雨がひたすら降り注がれた。何か文句を言おうとするとその都度口が塞がれる。アレンの触れたところから熱をうつされている感覚がしてむずがゆい。止めたいが、いつの間にか両手まで手で塞がれていた。

「いいんだよな、なんでも」

 散々顔中に唇で触れた後、アレンは鋭い印象の目を細め心底嬉しそうに笑う。酔いに霞まない光が薄暗い部屋の中で夏準にだけ注がれている。

「ずっと変な事考えないようにしてたから。これからはそうしなくていいんだよな?」

 繋いでいた片手が離れ、つい先ほど夏準がそうしてやったように胸元に置かれた。どく、どく、いつの間にか早くなっている鼓動を嫌でも意識させられる。アレンの笑みが泣き出しそうに歪んだ。「うれしい」、幼い子供のように覚束ないがまっすぐな感情の吐露。

「弱いとこ、情けないとこ、全部」

 手を置いていた場所にアレンは屈み込んでとうとう直接耳を当てた。飼い犬か猫のように擦り寄って、そして言葉通り幸せそうに表情を溶かした顔を鼻先が触れるほどの距離に近づける。

「だれにもみせないところ、おれだけにはみせてくれ」

 唇がまた唇に重なった。何度も何度も、唇の感触を楽しむように押し重ねられ食まれ、やがてそのペースが緩慢になっていき、最後にはずるりとアレンの頭が夏準の肩口に崩れ落ちた。すぐ耳元に呑気な寝息が生まれる。天井を呆然と見上げた。

「……いいですよ、なんでも」

 力の抜けた指から両手を引き抜いて背に手を回す。体の重なったところが温かい。重い。さっさとベッドの隅に転がして自室に戻ろうと思いながらも、目を閉じてその熱量をより近く感じようとしてしまう。

 ふ、と笑みが漏れた。「愛される」は何かの対価ではない。抜け出せない沼みたいなものかもしれない。愛して踏み入れることを決めたら、足掻く手足まで絡め取られる。けれどアレンならそれも構わない。アレンらしいまっすぐな言葉が感情が、夏準を心底呆れさせ、とびきりの媚薬のように麻痺させて、全ての恐れを掻き消していた。

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