※ 若干の性描写があります
unspoken
「燕夏準」ってよく作られてるなあ、って感心する時がたまにある。
リリックに行き詰ってペンの尻で自分の顎をトントン叩きながら、隣にある横顔をぼーっと眺める。鼻筋がすっと通っていてシャープなラインが顔立ちを作っている。いわゆるイケメン、らしい。周りによく言われる音楽バカのせいか、小さい頃から両親に連れられたりレッスンを受けに行ったりであらゆる国の人と関わってきたせいか、正直顔の良し悪しはあまり分からない。優しそうな顔で得してるよなとは思う。中身はこんなに真っ黒なのにな。まあこれだけイケメンって言われるならイケメンなんだろうな。
「何か言いたいことでも?」
こっちの手元にあるノートを眺めつつ自分のリリックを練っていた目が上がる。左耳のピアスがゆらゆら揺れた。色の付いたグラスの向こうに面倒臭さがちょっとだけ滲んでいるのが分かる。女の子たちにいつも振り撒いているうさん臭さが微塵も残ってない。じーっと見つめ続けると、細い眉が寄って皺ができた。顔が少し遠のく。
「アレン?」
段々顔に苛立ちや疑いが混ざってきた。どうせまた変なことを思いついたな、とどうせ思われているに違いない。これだけ長く隣に居ると、毎日「どうせ」を交換して暮らしてるみたいな感じになる。心の中に浮かんだそんなフレーズがなんだかくすぐったくて、ふ、と唇の間から少し空気が漏れた。
「……いい度胸ですね? よりにもよってこの、ボクの顔を見て笑ってるんですか」
今度は呆れ。それを笑顔が掬いあげて、低い声が滑らかに空気に溶けていく。引いていた体が今度は前のめりになって近づいてきた。この圧はどっから出てんだ? 顔も声も蜂蜜みたいに甘いのに。本気で怒らせた時はすぐに分かるから、とりあえずまだ余裕はありそうだな。近づいてくれて良かった。ペンをノートの上に置いてこっちも身を乗り出してみる。
「ちょっと、近いです」
近づいてきたのはそっちだろ? 言葉にするのが面倒臭くてただ笑ってやったら、すぐに伝わってしまった。笑みが不満そうにしかめられる。これはもうちょっと行っても大丈夫そうだな。テーブルの上に置いた手を上げて、カラーグラスのフレームに指をかけた。
「アレン」
声の質が変わった。この声を聞くといつも胸がざわりと騒ぐのに、それがどういう感情なのか未だによく分からない。蜂蜜みたいな甘さが抜けて、氷みたいな硬い声と目。表情も声も不機嫌そうなのに、そうじゃないことが分かる、この瞬間が好きだ。探るような視線がじっとこちらを眺め返してくる。ただの気まぐれじゃないことを慎重に確認している。それがなんだか、変な話だけど、ちょっとだけかわいいと思う。
「嫌です」
そのままカラーグラスを引き抜こうと指に力をかけた手首を掴まれてしまった。てっきり許された気になっていたせいで目が丸くなる。夏準の顔はやっぱり不機嫌そうだ。なんでだか東夏のことを思い出した。やっぱりちょっと似てる。
「ここでは……無理です」
ここ「でも」かあ?
口に出す前に掴まれた手首がぐいっと引っ張られて立ち上がらされた。リビングから引きずり出されて、夏準の部屋に押し込まれて、ドアが苛立ち混じりの力でバタンと閉まる。背中をドアに付けた。
窓の外から夕陽の光が滲むだけの薄暗い部屋、カラーグラスが夏準自身の指でゆっくり引き抜かれた。うつむきがちに下がる睫毛の下、瞳が蜂蜜どころではない甘さに溶けている。それでやっと、そうそう、と一人で満足した。これを確かめたいといつも思っているのに。夏準、名前を呼ぼうとした唇を唇で塞がれた。
顔が離れて、気が済むまで重ねた唇が濡れている。笑っているような、拗ねているような、甘えた顔はやっぱりかわいいと思う。これだけ一緒に居て、やっぱり変だなとも思うけど。思わずまた笑ってしまった。
「ここならいいのか?」
一瞬、意外そうに消えた笑顔が戻ってくる。首が傾いてピアスが揺れた。分かり切ってることわざわざ聞くなってことか。傾く体を受け止めて抱きしめ合う。隙間なく埋まる胸があったかい。鼓動のビートがくすぐったくてまた甘い。
「燕夏準」は、よく作られてる。誰が作ってるかっていうと、それはもちろん料理上手のこのイケメンだ。よく作られてるせいで、作った本人でもちょっとやそっとじゃ崩せないらしい。時々すっかり騙されそうになるくらいだ。俺のことなんてなんとも思ってないって。
「夏準って……」
背中の筋を軽く撫で、腰に回した腕の力を少し強くしたら頭が首元に寄り添ってくる。大きい動物に懐かれてるみたいだ、とか言ったら怒らせそうだな。
「すごいな」
素直じゃないとか、ややこしいとか、まあ色々言いたい気持ちもあるけど、こうなってくるともうわざわざ言わなくてもいいかな、って思ってしまう。ただ感心するだけだ。俺のことこんなに好きなのに、よく隠してるな。ふは、くすぐったさにまた笑ったら、ふふ、と重なった体も揺れた。