ill-spoken
は、一つ漏れた短い息に続いて、ふー、と深く長い息が零れ落ちる。どく、どく、体中で血が跳ねて重低音が響いていた。熱で湿った髪の根本が急に煩わしくなってぐしゃりと掻き上げる。前屈みの体をゆっくり起こそうとして首元にメタルの鎖が食い込んだ。わ、と声とも息ともつかない音が漏れ、どくりと血が一際よくない跳ね方をして体に力が戻るのが分かる。ピンと張った鎖の先では長い指がぎゅっとメタルを握り込んでいた。無理な体勢でシーツに何度も押し付けられたせいで髪は乱れていて、いつもは隠れている額が白く開けている。ぐっと細い眉が寄ってできた眉間の皺がよく見えた。目元にはいつものわざとらしい甘さが無く、鋭くアレンを睨み上げている。それなのにピンク色で溶けて見えるのは潤んで滲むせいだろう。余裕がない顔。こいつのこんな顔、「こんな時」以外で見たらきっと怯むだろうな、と思う──実際、最初はめちゃくちゃ怯んでロクに先に進めなかったし。
チリ、と鎖が少し鳴る。先に達してしまったアレンが余計なことを考えているとバレているのかもしれない。ぐっと繋がった部分に力が込められ、人間の腹の中の生々しい動きに簡単な体が反応してしまう。けれど、そんなことをしかけてきた夏準のほうがむしろ自分を追い込んでいるようにも見えた。ふ、んん……、と詰めた息の隙間で抑えた声が擦れる。そんな微かな音が一番大きな刺激になっているので結局は夏準の思うツボかもしれないが。まだ少し浅い呼吸を引きずりながら、溶けた瞳をじっと見下ろした。ぐぐぐ、と体をゆっくりと傾けて、弱い刺激に呼吸を震わせる夏準の手の先に鼻先をつける。メタルを握る拳の形を確かめるように鼻先でなぞり、そのまま親指の付け根にキスをした。
「ぃ、あ……アレン、」
思わず漏れたらしい声にどくどくとまた血の流れが早くなる。明らかに形が変わったことが分かったのか、息を詰めた夏準は、恨めしげな目元のまま口元だけを笑みに引き上げる歪な顔でくしゃりと笑った。目尻に涙が滲む。
「逃がさない、ですからね」
どきり、と繋がっているところから離れたどこかが突然揺さぶれて体から飛び出していった、ような感覚になった。近くなった顔、溶けたピンク色の中で、自分が間抜けな顔をしていることを悟ってしまう。ふ、ふふ、浅い呼吸の間で夏準の眉が下がった。呆れたような笑み。
「まだ……逃げ出せるって思ってたんですか?」
ベッドに押さえつけて、体を屈めて、密閉されたような錯覚になる空間に夏準の甘いかすれ声が緩やかな波を作る。こんな体勢なのに耳から頭を揺さぶられて好きなように操られているみたいな気分だ。頭に血が上って熱い。はあ、熱ごと息の塊を吐き出すと、胸元にそれが触れたのか夏準の体の揺れが伝わってきて、それがまた刺激になる。
「逃げないって、分かってるんだろ?」
「信用、できません。しっかり掴んでいないと」
言葉には棘があるのに、こちらを見上げてくる瞳にはざらつきひとつさえ無い。嘘もごまかしもないまっすぐな感情が、この性格のひねくり返った男からアレンにだけ注がれている。それが分かる瞬間が、体の刺激より何より好きだ。胸に急激に何かが詰め込まれて、けれどどこにもやり場がなく、弱い笑みだけが漏れた。メタルを握る拳を手のひらで包む。
「あんまり急ぐと……俺の声、聞かなくなるだろ」
繋がるまでに好きなように弄ばれるのは、自分でもちょっとどうかと思うが慣れてしまった。抵抗する気持ちが段々無くなって、一緒にいたずらでもするように楽しめるまでになると、最後には夏準を自分と同じくらい必死で余裕のないところまで引きずり込めるようにまでなった。
けれど、そのまま誘いこまれるままにがっつくと、夏準には「アレンのことが好き」だけが残る。何をしても何を言っても、一人で気持ちよさそうなのだ──俺のことこれだけ好きなくせに。
「俺のこと分かっててほしいから」
同じくらい苦しくてどうしようもないところで留まっていてほしい、と思ってしまう。そんな姿をできるだけ長く見たいと思うのは、どこかおかしな感情だろうか。眉を下げて笑い、手の中の拳、リングを避けて唇をもう一度押し付ける。あの日触れた夏準の心に、また素手で触れたいという気持ちをギリギリ留めている。そんな我慢をもしかしたら分かち合いたいだけかもしれない。
「最近……生意気じゃないです、!」
お前が逃がさなかったせいじゃないか? 言葉なく目だけで返して、メタルを取りこぼした手をぎゅっと握って引いた。