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Dialogues



※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21796298

「問題がどこにあるかを考えました」

 どこから見ても一般家庭用じゃない大型テレビに大写しになるキスシーンを退屈そうに眺めつつ、夏準はぽつりと呟いた。隣に座るアレンは頬杖をついたまま視線を横に流す。

 忙しない日常にふっと生まれた谷間、三人は久々にのんびりと休日を過ごしていた。アンがどこからか評判を聞きつけてきたアクションホラーのドラマシリーズに適当な茶々を入れつつだらだら楽しんでいたが、当の本人は恋愛パートが増えてきてからコロっと寝入ってしまった。恋愛のエキスパートみたいな偏見を持たれがちなのを傍目によく見るものの、実態はそんなに興味を惹かれないらしい。アレンもアレンで開いたリリックノートの罫線の上で意識の半分を遊ばせている。いつものことだ。こういう時、結局最後まであらすじが頭に入っているのは真面目な夏準だけになる。

「ドラマの?」
「いえ、ボクの話です」

 さすが夏準、ついにドラマにまで陰険ダメ出しを……と思ったが、全く別の話をしているらしい。「夏準の」が頭につくだけで唐突に穏やかでなくなった「問題」という言葉に頬杖を外して背筋を戻した。

「何かトラブってるのか?」
「トラブル……と言うと、また違いますが。困ってはいます」
「夏準が?」

 聞き返す声に思わず勢いがつく。夏準もさすがに気になったのかスクリーンからアレンをちらりと振り返った。嫌そうな表情だ。まずい、慌てて両手を挙げる。

「何ですか? その切り返し」
「いや、夏準が困るのって珍しくないか? って」

 じろり、一睨みした後、夏準は興味を失ったようにまた視線をスクリーンに戻した。命拾いしたらしい。考えるように指を口元に添えている。

「そうですね。大抵のことはどうにかなりますから。然るべきところに然るべき対応をすれば」
「まあ、それはお前じゃなきゃできない時もあると思うけど……それで?」
「そう、ですね……そここそが答え、と言えるかもしれません」
「ふーん……」

 一応相槌は打ったものの、何ひとつピンときていない。もう一度頬杖を付いたが、スクリーンに映っているのがベッドで戯れる男女だと気が付き、ちょっとだけ視線を下降させた。夏準は相変わらず退屈そうに画面を眺め続けている。

「問題がボクにあれば、ボクが解決しています」
「ああ……うん」
「つまり、解決しないということは、ボクに問題はありません」
「……そう、なるか?」
「なります」
「そ、そうかあ……」

 一聞きするとすごい発言だし、よく考えてもすごい理論だが、発言したのが燕夏準だと真実味を帯びてくる。その「問題」が何か分からない以上強い反論にも出られず、アレンはとりあえず納得することにした。夏準がとにかくあらゆる面で規格外の男なのは間違いない。

「問題はアレン、アナタです」
「俺!?」

 そして一瞬で納得したことを後悔する羽目になった。思わず身を乗り出して夏準の顔を覗き込むが、夏準はまたつまらなそうな目をちらりと一瞬向けただけだ。

「俺の何が問題なんだ?」
「分からないですか?」
「えっと……うん。ごめん」
「仕方ありませんねえ」
「まず何の話かも分かってないんだけどな……」

 全く釈然としないし理不尽だが、ここでぶつかっても話は進まない。アレンに悪いところがあるというならまずは詳しい話を聞いて、その上で必要があれば思いっきり体当たりすればいいのだ。ぐっと飲み込んでめげずに夏準の横顔を覗き込み続ける。すると、その甲斐あってかパッと夏準がアレンを振り返った。

「アレン?」

 退屈そうな表情が一瞬で消え、柔らかい笑みになる。その変化にたじろいでいると、クスリと吐息を漏らされた。今度は夏準が頬杖をついてアレンを近い距離で覗き込んでくる。指が伸びてきて何かと思えば、何故か唇に押し当てられた。

「どう、ですか?」
「ど、どう?」

 どう、とは。さっぱり何の言葉も浮かんでこないが、何かを言うまでこの体勢は維持される。そんな予感だけは確かにしている。頭の中のあらゆるHIPHOPに関する知識やアイデアや情熱や愛情を掻き分け掻き分け、アレンはなんとか次の言葉を探した。それはもう懸命にだ。

「……黙ってろってことか? うるさかったか」
「これです」

 夏準の笑顔が恐ろしい速度でパッと消えた。唇に触れていた指先が鼻先に鋭く突きつけられている。触れたらケガをしそうな錯覚すら覚えて少し身を引いた。

「これ」
「はい」

 深い頷きひとつ。はあ、明らかにアレンに聞かせるための芝居がかったため息をひとつ吐き、夏準はまた視線をスクリーンに戻した。さっきまでいちゃついていたカップルがいつの間にか謎の男に追いかけられて応戦している。目を離している隙に何が起こったのか。夏準の話と同じくらい展開がジェットコースターだ。

「まあ、当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、人には好みというものがあります。さすがのボクも人体構造を変えることはできません」
「えー……っと?」
「諦めるという選択はボクの中に無いので……地道に積み上げていくしかなさそうです」
「何の話だよ、さっきから。俺が関係あるんだよな?」

 アレンの言葉で、夏準は息を大きく吸った。その気配に思わず顔をしかめる。何か鋭い反論が繰り出す気配を肌でピリピリ感じていたからだ。けれど夏準は結局その剣を抜かなかった。ふう、落胆するように息を吐かれ、それはそれで嫌な感じがする。

「あります」

 夏準らしくない、余裕を纏えていないぶっきらぼうな声、言葉。

 あまりに理不尽な話の流れにモヤモヤ抱えていた不満をそのたった一言が捨てさせた。肘をテーブルに乗り出して夏準の横顔に更に体を近づける。

「なければ困ってません」
「もうちょっとだけ、頼む。分かりやすく教えてくれ。夏準が困ってるなら助けてやりたいし、俺が悪いなら直したいし」
「……それで逆に、アナタが困ったことになってもですか?」
「一緒に困ればいいだろ! ほら」
「じゃあ、どうぞ困ってくださいね?」

 夏準が退屈そうな表情をゆっくりとこちらに傾けた。それから、さっき見せたものとはまるで違う、甘さの欠片のない笑みを口の端に滲ませる。動けないアレンにまた指が伸びてきた。

「ボクが言ったこと、触れたことに、心を撃ち抜かれるようになって」

 トン、左胸に長い指が強い力で突き立てられる。う、と眉根を寄せたアレンを夏準は愉快そうに目を細めて笑う。

「ボクが欲しくてたまらなくなって、困ってくださいね?」

 胸に押し当てられた指で呼吸を止めたアレンを鼻で笑い、夏準はあっさり指を引き抜き立ち上がった。誰も見てないなら止めます、窮地に立たされたカップルはリモコンのボタンひとつであっさり画面から掻き消えて真っ黒になってしまう。スタスタ、スリッパの音だけをリビングに残し、不機嫌を隠さずに夏準は部屋に戻っていってしまった。

 残されたアレンは呆然とするしかない。思いっきり突かれて衝撃の残る左胸に触れて顔をしかめ、止めていた息を思いっきり吐き出した。わしゃわしゃと髪を搔き乱す。

「……そういうの、出したらダメだって思うだろ……?」

 困れと言うならもう困っている。親愛と恋愛の違いなんてアレンに分別できると期待しないでほしい。信頼を裏切るような真似をしないように懸命にバランスを取って渡っていた綱を突然ブチ切られたみたいな気分だ。甘酸っぱい恋からドギツイ情愛まで好きな曲の中でいくらでも歌われているが、だからこそ何の参考にもならない。やり過ごす以外に何ができるのか誰か教えてほしい。

「……どうでもいいけど、二人の時にやってよね」
「起きてたなら助けてくれよ……」
「無茶言うなあ」

 まあ、ドラマよりは面白いよ。全くフォローになっていないアンのフォローに、アレンはがっくり項垂れたのだった。

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