文字数: 8,620

今はただ何も知らずに (少年ハリウッド・マキカケ)



※ Pixiv掲載: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5020832
※ 20話の 前 の話

 猫背気味のマッキーは、ホームに電車が入ってくる時に何故だか少し背筋を伸ばす。今日みたいに長袖のシャツ一枚みたいな服装をしているとそれがよく見て取れるのだ。カケルはじっとそれを眺めながら、マッキーの後に続いて電車に乗り込んだ。

「好きだな」
「うわっ」

 マッキーはぐるりと勢い良く首を振り返って来たが、カケルの後ろにはまだ数人の客が続いている。立ち止まるなと声をかける代わりに軽く背中に触れた。硬い手触りが体温と共に布越しに伝わってくる。

「何だよ、マッキー。変な声出して」
「いや、背後でいきなりそんなこと言われたら誰だってビックリすんだろ。何だよ突然…」

 帰宅ラッシュと終電ラッシュの狭間にある時間帯の電車は程よく空いている。長椅子の隅に腰を下ろしたマッキーの隣に腰掛けた。毎日続く公園の疲労が足の裏からじわりと染み込んで来る。立ち動いている時より、座り込んで休んでしまった方が疲れを実感するのだから不思議だ。

「突然ってわけでもないけど…いつも思ってるよ。好きだなって」
「お、おう…?」

 言って、何気ない一言にこだわるマッキーを怪訝に思い、カケルはマッキーの顔を覗き込む。マッキーは何とも言えない表情だ。目を見開き、長い睫毛を上下させている。

「マッキー…」

 少し緑がかって見える薄い色素の瞳の中を、窓の外の夜の街明かりがいくつも横切っていた。更にもう少し身を乗り出すと、筋肉質な首や肩に続く背のラインが目端に映る。マッキーは背もたれには寄りかからず、腿に肘を置く前傾姿勢でカケルを見上げていたが、戸惑うようにわずかに身を引いてしまった。何故だか、心なしか頬が赤い気がする。

「か、カケル?」
「…の、背中」

 座席と猫背の間にできた空間をひょいと覗き込んで、うんとひとつ頷いた。広い肩幅を作る骨格にしっかりついた筋肉の逞しい背中が、シャツの上でもよく分かる。ムキムキとまで行かなくとも、それなりに頼もしく見える体型と言うものはやはり、男として羨ましい。

「せなか…?」
「うん。背中」

 ぽかんと口を開けたままカケルを凝視していたマッキーは、すぐに気を取り直すような空咳をし、最後には深いため息を吐き出して頭を抱えてしまった。一連の行動の意味が分からず、今度はカケルが目を白黒する番だ。

「…そりゃどーも」
「俺、何かマズイこと言った?」
「いや、別に…」

 マッキーは顔を上げてははは、と笑ってみせたが、どう見ても取り繕ったようにしか見えない。どうやらマッキーには正しく褒め言葉として伝わらなかったらしい。慌てて言葉を加えるために口を開いた。

「安心するっていうか…、すごく格好良いと思う。羨ましい、かな」
「背中ねえ…言われても分かんねえもんだな」
「自分じゃ見えないところだもんな」
「そーそー」

 相槌を打ちながら背中を反らし、自分の背中を確認しようとする姿がおかしくて笑ってしまった。マッキー側に傾けていた体を背もたれに引き戻す。そこからまたじわりじわりと疲労が滲んで体に染み入った。ガタンガタン、と規則的な電車の振動が心地よくその疲れと交じり合っていく。

「…マッキー、あのさ」
「んん?」
「少し、寄りかかってもいいかな」

 マッキーはまだ諦めていないのか、背中をちらちらと気にしている。それが面白いのと、疲れが眠気を誘って、自分でも予期しない言葉を口走ってしまった。だが言ってからそれがなかなかの名案だと気づく。マッキーを支えにしてこのまま眠ってしまえたら、ほんの一瞬だってきっと心地良いに違いない。

「分かった、いきなりヘンなこと言い出したのは眠かったからだろ?あ、じゃなきゃ最初から枕に使う気だったとか?」
「違うって。でも今、肩貸してくれたら肩も好きになるかもな」
「なんだそりゃ」

 くっくっと、喉を鳴らし目を細めてマッキーが楽しげに笑う。それから、それを仲間に向ける親しげで優しげなものに変え、いつもより少し柔らかい声をカケルに向けた。

「今日だけトクベツな」
「うん、ありがと」

 その声で、その表情で、頭を預けるこの肩で、カケルの胸の内には疲労とはまた違う温かいものがじわりと染み込んでいく。その感触に口元が緩むのが自分でも分かった。

 気持ちの緩急に違いはあるけれど、ステージ上でマッキーの背中を見る時もそうだ。エアボーイズの時はみんな横並びに緊張していたように思う。むしろキラに頼もしさを感じたりもしていたはずなのに、今ではステージの真ん中にあるこの背中がカケルやみんなのペースを守っているように感じる。

「好きだな…」
「…もういいって」
「背中だけじゃなくて、匂いも…」
「匂い!?」

 もうあのアロミングなんとかは使ってないんだけどな、ぶつぶつ呟きながらすんすん鼻を鳴らす音が耳元に入ってきてまた笑ってしまう。眠りとマッキーの匂いと電車の音と疲労とを行ったり来たりしながら心地よく微睡んでいた。

「あっ!」

 そのまま眠りの底に指先が付きそうになるところで、マッキーの声がカケルを引き上げてしまった。慌てて身を起こしたせいで頭の奥が少し痛む。

「何?」
「今、写真撮られた。多分ファンの子だと思うんだけど…」

 ちょうど電車は駅に停車したところで、嬉しそうな声を上げながら女性二人組が階段に飛び込んでいく。どうやらドアが開く直前を狙ってカケルたちをスマホで撮影していったらしい。

「最初から撮るつもりだったみたいだな」
「どうする?テッシーに相談する?」
「そうだなあ…。でも、出待ちも全然減らないし、あんまり意味ないかもな。次は撮られる前に注意するようにしようぜ」

 起こしちゃったな、と苦笑するマッキーに首を横に振ってみせる。気づけば次が降りる駅だ。元々そんなに休めるとも思っていない。ただ、貴重な何かを逃してしまったようなモヤモヤが胃の上あたりに滞留している。

「なーんか…。アイドルって、背中が無いって感じだよな」
「なんだそれ」
「うまく言えないけど、ファンとはいつも正面で勝負しなきゃいけないって言うか…有名になればなるほど、背中見せるヒマなんてなくなってくのかもな」

 ふあ、と言った側からマッキーが大きな欠伸をひとつして、慌てて左右を確認している。それがおかしくて、正体不明の靄はさっと晴れ、車窓の夜景に消えて無くなってしまった。

「これこれ。今言ったやつ」
「うわあ…こんなこと書かれちゃうんだあ…」
「どんなファンにも、そういうのが好きな人は絶対いるんだよ。どんな人でもファンはファン。僕たちは気にしなくていいの」

 タイミング良く劇場の入り口で合流したカケルとマッキーは、控え室のドアの前で目を見合わせた。他の三人はどうやら先に控え室に入っているようだが、会話の雲行きが怪しい。

「おはよ」
「何盛り上がってんの?」

 ドアを開けた瞬間にトミーは不自然に飛び上がり、シュンは椅子ごと数センチ後退し、キラは明後日の方向へ体をぐるりと回転させた。雲行きばかりでなく三人の態度は決定的に怪しい。カケルはマッキーともう一度視線を交わし合った。きっとどちらも同じような顔をしていることだろう。

「別にっ!何でもないよ。ただその…えっと…」
「何でもないって感じじゃないだろ」
「ファンの話してなかったか?それも良くない感じの」
「いや、少年ハリウッドのファンはみんな、いいファンばっかりだし…」

 嘘のつけないトミーを見かねたのか、キラが大きな溜め息を吐き出して視線を集めた。椅子に座ったまま成り行きを傍観していたシュンの手中から素早くスマホを抜き取り、カケルとマッキーの元にずんずんと迫って来る。

「あ、おいバカ…」
「あのさあ、二人とも。油断しすぎなんだけど」

 半眼で突き出されたスマホの画面を、一枚の画像がいっぱいに占めている。電車の中で座る二人の男の写真の下部に、ファンが書いたと思しきコメントが表示されていた。

「JINJINコンビ、はやっぱり…夫婦…今日もラブラブ…」
「って何だよコレ!?」

 とりあえず目に飛び込んだ文字を読み上げるカケルの視界から画像が消えた。マッキーがキラから強奪したスマホを渋い表情で凝視している。おい壊すなよ、とシュンの細い声が遠くからかかった。

「何って、ファンが写真と一緒にネットに流してる呟きだよ。シュンが自分のこと検索してる時に見つけたって」
「それは言わなくていいんだよ!」

 不機嫌そうに黙り込んでスマホを見つめているマッキーと、発すべき言葉を見失って立ち尽くすカケルの間を、トミーの視線が右往左往する。

「まあ、でもこれ…喜んでくれてる?…のかな…?」
「いやでも逆にガッカリするファンも絶対いるだろ。俺だったら無理。こんなこと書かれるなんて耐えらんねーし。これからお前ら、絶対気安く近づいてくんなよな」
「あっそぉ…耐えらんねーんだ…ふーん?へー…」
「何だよマッキー!」
「シュンなんてこうしてやる!今度は俺とお前で今日もラブラブだー!ほらトミー、写真写真!」
「う、うん!」
「うんじゃねー!やめろー!大体そのスマホ俺のだし!」

 暴れるシュンを椅子ごと抱き締めるマッキーからスマホを放られたトミーは、反射でカメラを起動させている。体を動かしているうちに特殊なファンの呟きなどどうでも良くなったのか、マッキーはすっかり笑顔だ。

「…まったくもー。僕、先行くよ」
「あ、俺も」

 時間厳守のキラはさっさと話題に見切りをつけることにしたらしい。当事者ながらすっかり蚊帳の外に追い出されることになったカケルもその後を追った。あまりのんびりしているといつものようにテッシーに怒られてしまうだろう。まだリハーサルも始まっていない劇場内は静かだ。スニーカーが床を擦る軽い音ですら廊下に響く。

「あのさ」
「なに?」
「やっぱり…ガッカリされるのかな、ああいうの」

 キラの背中はやはり小さくどこか幼い丸みが残っている気がする。ちらりと後方のカケルに向けられる顔も少年らしい愛嬌があった。だが、そこにある目の色はどこまでも落ち着いていて静かだ。

「さあ?分かんない。カケルくんのファンじゃないから、僕」

 キラはすぐに前へ向き直りスタスタと歩いていく。カケルもそれに続こうとして、しかしその場で立ち止まってしまった。誰も居ない廊下をひとつ振り返る。まだ控え室に残った三人が出てくる様子は無いようだ。

 鼻先に突き出された画像が脳裏に鮮明に蘇って動けない。目を閉じ、心地良さそうに微睡むカケルを、マッキーはひどく優しく柔らかい目で見つめていた。

「お兄ちゃん!」

 いつものようにベッドの上でダンスのフリを復習していると、部屋のドアが大きく開け放たれた。案の定妹が乗り込んできたのだ。しかし毎度のことなのですっかり慣れきってしまい、怒りに釣り上がった目尻や眉を無視して練習を続行できるまでになった。これを成長と呼べるかどうか疑問だが。

「これ何!?」

 しかし今日の紗夏香はいつもと切り口が違っていた。ずんずんとベッドまで歩み寄り、半眼でスマホの画面を突き出してくる――デジャブだ。しかもごく数時間前の記憶と重なる。見せられた画像もファンと思しきコメントも寸分違わぬ一致で、思わず動きを止めてしまった。

「学校の子に見せられてホンット恥ずかしかったんだからね!アイドルって格好良いものじゃないの!?歌もダンスも下手なんだからせめて普通の時くらいちゃんとしてよね!」

 いつもながらあまりな言い分にむっとするが、印籠のように掲げられた事実にうまい反撃が思いつかない。せめて歌やダンスがもう少し上手ければ――いや、それは今考えるとキリが無くなってしまう。仕方なくカケルは視界いっぱいに突き出された画像と正面から向き合った。

「…やっぱりガッカリするか、これ」
「当ったり前じゃん!こういうの、マッキーにも迷惑かかってるんじゃないの!?」

 今まで少しも考え付かなかった可能性が突然思考の隙間に挟み込まれ、カケルは目を見開いた。マッキーがあまりにも素早くシュンを構い倒すことに切り替えてしまったため、マッキーがどんな気持ちであの画像を受け止めたのか聞きそびれてしまった。マッキーにとってもマッキーのファンにとってもやはり気持ちよくは無いだろう――と、そこでふと不自然な点に気がついた。

「そう言えば、前マッキー遊びに来た時は甘木さんって言ってなか」
「うるさい!」

 紗夏香が大声と共に部屋の扉を乱暴に閉めていく。恐らくカケルの話を聞いているせいでうつっただけだろうに、言い間違いの指摘がそんなに気に障ったのだろうか。時折友人から妹の存在を羨ましがられるが、妹がこんなに難解な存在だと知らないでいられる方がよっぽど幸せだ。はあ、溜め息を吐き出してベッドに背からダイブする。

「マッキーも妹羨ましいって言ってたっけ…」

 ベッドに放り出したままの鞄に寝そべったまま手を伸ばし、手探りでスマホを探し当てた。ロックを解除するとすぐにメール画面に切り替わる。何の飾りも無い短いメールを頭上に掲げ、天井の光を遮った。

  結局今日、何時まで残った?
  明日は俺も練習する

 差出人の「甘木生馬」の文字が無ければ、誰のものとも違わない無機質な文字列だ。そのはずなのに、どこかマッキーらしさを感じるのは何故だろう。飽きもせず何度も同じ文章を目でなぞって、やっとカケルは返事を打ち始めた。

  明日は用事ある。ごめん。

「カケルくん、どこ行くの?」

 公演を終えて、各々がリラックスし身支度を整える中、努めて気配を消していたつもりだったが、部屋を出る前にトミーに声をかけられてしまった。考えるまでもなく五人しか居ない部屋で気配を消すなんて無理に等しいことではある。

「ジャージに着替えてるってことは、練習?じゃあマッキーと一緒に行きなよ。二人の曲、最近全然息合ってないから!」
「いいよ、俺がちょっと確認したいとこあるだけだから」
「いや、やる」

 椅子から立ち上がったマッキーはずんずんとカケルに歩み寄り、その目の前で立ち止まった。表情は真剣そのもので、どこか不機嫌にも見える。逃げを許さないつもりなのか、カケルの左手首を強い力で握り込んだ。

「俺も残る。ダメなのか?」
「ダメってわけじゃ…」

 言い淀んだ後、言葉が続かない。本当のところはダメだと言ってしまいたいからだ。マッキーの強い視線から逃れるように目を伏せる。

「最近、マッキーが居る時は帰ってるし、逆の時は残って練習してるよな。露骨に」
「練習とかでも、避けてる感じあるよね…」
「お客さんも気づいてる人は気づいてると思うよ。いい加減にしなよ」
「それは…」

 自分が公演と普段の生活をうまく切り替えられるほど、器用でないことは分かっていた。けれど不器用だからこそ、カケルには他の方法は思いつかないし、この状況をうまく切り抜けることもできない。マッキーがくい、と腕を小さく引っ張った。顔を上げろという合図だろう。それでも動かずにいると、マッキーが無理やりしゃがみ込んで目を覗き込んでくる。

「俺、ひょっとしてカケルになんかしたか?」
「そうじゃない!」

 思いのほか大きな声になってしまった。目を丸めているメンバーたちの顔を見るのが気まずくて、カケルはまた目を伏せた。

「そうじゃない…けど、油断したくないから」

 自分の中でもうまく整理できていないものを形にするのは、ひどく難しい。こんな一言では何も伝わらないことはカケル自身にも分かっているが、焦って次の言葉を探せば探すほど、言葉の焦点がずれていくようだ。

「カケル。とりあえず座るか?」

 マッキーの親しげな柔らかい声で名前を呼ばれると、つい意識がそちらへ向かってしまう。笑顔でカケルの視線を待ち構えていたマッキーは、カケルの腕をぐいぐいと引いて椅子に座らせ、自分もそのすぐ隣に椅子を引っ張って腰掛けている。他の三人もその後に続いてそれぞれ好きな場所に腰を下ろした。カケルからの言葉を待つように、後は沈黙が降りる。

「…マッキーの背中見てると安心するんだ。だから油断して、自分の背中を見せてることに気づかなくなる。そういうのって…誰かを、ファンをがっかりさせることだから」

 カケルの言葉を黙って聞いている仲間たちの顔を確認したい気もしたが、自分の中にまず言葉を作ることに集中したくて結局は手元だけを見つめていた。

「ずっと正面でいるって、本当に…難しいことなんだな」

 カケルが口を閉ざしてもしばらく沈黙が続いたが、シュンがあー、とどこか間延びした声を上げたのでカケルも顔を上げた。

「ひょっとしてこの前のあれの話してんのか?この前俺が見つけた写真撮られてたやつ」
「あの後マッキーとシュンが撮った写真でしばらく、キラが楽しそうだったよね」
「バカ!思い出させんなよ!」

 シュンのスマホで撮影されたはずの熱烈ハグ写真は、何故だかキラの手に渡り、最終的にはメンバー全員が所持するに至っている。画像のことを思い出したのか、シュンの剣幕がおかしかったのかそのどちらもか、マッキーは小さく噴き出してカケルの肩の辺りを軽く二度叩いた。

「あんなの気にすんなって。今じゃ全然話にもなってないし。テッシーも社長も何も言ってないじゃん」

 元はと言えばトミーが、と逆恨みからの新たな凶行に走ろうとしているシュンを目端に、カケルは再び言うべき言葉の輪郭を見失って黙り込んでいた。これはマッキーの言うような、少年ハリウッドを見ている誰かに対しての問題でもある。けれどきっと、カケルの内側の、誰も触れることすらできない最奥の問題でもあるのだ。はあ、いつかのようにキラが大きな溜め息でカケルの注意を引いた。

「僕はファンに背中なんて見せないよ。それがこの仕事だって思ってるし。でもカケルくんのファンはカケルくんにそんなこときっと、期待してないんじゃない?」

 キラの口ぶりは、まるで一と一を足せば二になる、とでも言いたげだ。当たり前のことを当たり前に言っただけだとキラの態度と声音が物語っている。だがそれはまだ、カケルにとっては答えでは無かった。むしろ謎が深まるばかりだ。

「じゃあ俺のファンって…一体俺に何を期待して、何にがっかりするんだろう」
「だから知らないってば。僕はカケルくんのファンじゃないって言っただろ」

 突き放されて思考に沈むカケルに、お前考えすぎ、自意識過剰、とマッキーはいつかのお返しとばかりにいたずらっぽく笑ってみせた。テーブルに肘をついて、だらしない体勢でカケルを覗き込む。

「分からないならさ、分かるまで油断しとけよ。考えてみたら俺、せっかくカケルに背中褒められたのに、ファンに見せないなんてもったいないしな」

 そういう話じゃないでしょ、キラが冷静にツッコミを入れている。だがマッキーのその言葉は、今のカケルにとってきっと正解にごく近いものだったのだろう。もっと簡単に言えば、カケルはそう言われたかったのだ。何故ならこんなに嬉しい。

「俺…今は、してもいいかな、油断…」
「おう!」

 テーブル際にある満面の笑みを眺めていたら体からほっと力が抜けた。考えてみれば、マッキーとこうして面と向かってゆっくり話せたのは久々だ。期限つきではあっても、油断して構わないという結論も出た。表情が緩んで笑みにほつれていくのが自分でも分かる。

「そっか…俺、好きでもいいんだ、マッキーが」

 一瞬、控え室の中の空気が止まったような錯覚を覚えたが、身に覚えが無いので気のせいだろう。ひとまずカケルの中の問題は解決したので、練習や公演でメンバーに迷惑をかけることも無くなる――ダンスや歌がまだまだ未発達なのはともかく。

「安心したら眠くなってきたな…しばらく肩貸りていい?マッキー」

 おいカケルとか、いやコイツが言ってるのは俺の背中の話でとか、マッキーが何やら必死に訴えているのがおもしろい。一体誰に何を弁解しているのだろうか。そしてそんな必死な声を出しながら大人しくカケルに肩を貸し与えてくれている事実にまた笑みが浮かぶ。マッキーの体温と匂いが久々に近い。

 今はただ何も知らずに、安心する背中と匂いを感じながら眠っていたい。

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