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アズ・タイム・ゴーズ・バイ (円+豪)



 なんだか最近目が合う、ということに気がついたのは授業中だった。普段だったら放課後の部活のことを考えているか、寝ているかのどちらかなのだが、秋の大会が終われば3年生は部活を卒業だ。それでも円堂は勉強そっちのけで部やKFCに顔を出している。けれどやはり、毎日当たり前に部活があるのとは体の動かし方が違うのだろう。授業中眠くもないし、半分くらいは勉強のことも考えている。まあ急に考えるようになったって解けるようになるわけじゃない。頬杖をついて教室中を見渡して、目が合った。切れ長の黒い目が少し縮まる。深く考えずに笑ったが、笑みは返ってこなかった。何とも言えない顔の豪炎寺が黒板に視線を移す。その横顔を、先生に注意されるまでじっと見ていた。

 部活がなくなって、前よりは部の奴らと一緒に居る時間が短くなった。もちろん一緒に部を覗きに行ったり、鉄塔広場で練習したり、受験勉強に頭を抱えたり、なんでも話をしたり、何かとつるんではいる。けれど部活は、やっぱり毎日の、それこそ呼吸みたいに当たり前のものだった。だからどうにも調子が狂う。同じクラスなのに豪炎寺とのタイミングも全然合わない。目が合うばっかりだ。

 モヤモヤした気持ちだけがたくさん積もった。雪がそんな円堂と一緒になって降った。それに足音をつけているうちに、季節はもう一周しようとしている。話す機会があっても、なんて切り出せばいいか分からない。誰かと一緒に居るときはなんとなく言いづらい。目が合うときに見せる複雑な顔が、部のやつらと盛り上がっていると楽しげに崩れるのを見ていると、余計に何も言えなくなった。もし何か言い出せたとして、豪炎寺の表情が今日の空みたいに曇ったら。

 春先なのにまだまだ寒い。昨日は雪までちらついた。白い息を吐きながら、馴染んだジャージと肩掛けで鉄塔広場への階段をとんとん上る。

「早いな、特訓か」

 先にそこに居たくせに、豪炎寺が小さく笑って白い息を風に乗せた。ああ、とかへへとか、とにかく返事を急ぐ。少し驚いていた。学校の外で豪炎寺に出くわすなんてほとんどなくなっていた。

「お前もか?」
「いいや……」

 じゃあなんだよ、っていうすごく簡単な言葉が出てこない。部活の時はこんなことなかった。言いたいことはなんでも言っていたし、言わなくても分かる時さえあった。もどかしい。そんな円堂なんか知らない顔で、豪炎寺は黙ったままだ。

「がんばれよ。じゃあ学校でな」
「あ、ああ……」

 豪炎寺が柵に手をかけた。止めようとした時にはもう、さっさと柵の向こうへ着地している。何だそれ、と思った。まるで逃げてるみたいじゃないか。

「豪炎寺!!」

 円堂も柵を手にかけて名前を呼ぶ。豪炎寺が振り返る。

 それはいつか、忘れもしないいつかにもあったことだった。違うのは今、円堂に迷う必要が無いことだけだ。柵に手をかけて飛び越えて、かえるみたいに着地する。ちょっと失敗した。慌てて立ち上がって豪炎寺の腕をぎゅっと掴んだ。目だけで豪炎寺の名前を呼ぶと、困ったように豪炎寺も目で返事をする。これも懐かしい感じがした。当たり前にやっていたことなのに。

「言ってくれよ」
「……言っても分からないかもしれない」
「分かるよ」

 だってオレとお前だもん。円堂が笑うと豪炎寺が笑う。どちらかが傷つけば怒って、どちらかが喜べば笑った。そんなふうに仲良くなって、今こうやって真正面に立っている。

「じゃあ……」
「おう」
「何て言っていいか分からないんだが……」
「うん」
「ぎゅってしていいか」

 何度か瞬きをした。大人びた豪炎寺の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。なんだかおかしくて笑うけれど、豪炎寺の顔は真剣そのものだ。きゅっと眉根を寄せた豪炎寺の腕を捕まえたまま、片腕を広げた。

「来い!」
「……うん」

 冷えて赤くなった鼻の頭が豪炎寺の耳元に触れた。冷たい朝のにおいに豪炎寺のにおいが混じる。触らないようにしていた春の先にあるワクワクとは正反対のものに、少しだけ触った気分だ。乾いた空気で痛い目がうるむ。背中にある豪炎寺の腕はあたたかいくせに遠慮がちだ。

「豪炎寺」
「うん」
「オレもさ、ぎゅーってしていいか?」
「……ああ」
「ぎゅっ、じゃないぞ。ぎゅーっだぞ」
「分かってる」

 すぐ近くで豪炎寺が笑う。それを感じながら腕に力を込めた。春を追いかける太陽を豪炎寺越しに見て思う。当たり前のことが当たり前でなくなるのって結構苦しいことなんだな。

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