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キャンディ・ボックス (円+豪)



「豪炎寺!」
「円堂」

 足音に振り返れば、両手をパーカーのポケットに突っ込んだ豪炎寺が鉄塔広場の階段を上がって来るところだった。鉄塔広場でタイヤに向かい合うのは、基本一人の特訓だ。それを不満に思うことは無いけれど、やっぱり仲間の顔を見るのは嬉しい。特訓はひとまず中断、豪炎寺に歩み寄ろうとしたがはっとしてその場にしゃがみ込んだ。

「円堂!?」

 ぐううううぅ……

 声で何か返事をするより遙かに早く、腹が盛大な音を立てた。給食から今まで水分ばかりだったし、今日の部活もなかなか激しかった。それは豪炎寺も同じだから特別な話でもなく、女子でもあるまいし恥ずかしいなんて言わない。格好悪くったって、泥だらけになったって、サッカー一筋な自分を恥ずかしいと思ったことはない。

 ただ、豪炎寺を前にした時。
 できるだけ格好悪い自分をその前に置いておきたくない、って思う。多分それは円堂が、豪炎寺のことを格好いいやつと思っているからだ。

「……いい返事だな」
「笑うなよ……!」

 睨むようにして見上げたが、豪炎寺は構わず小刻みに肩を揺らして笑っている。立ち上がって文句でも言おうとしたところで、豪炎寺のポケットからぽとりと何かが落ちてきた。

「……飴?」

 拾うと、カラフルな包み紙から棒が飛び出た飴だ。いかにも甘そうで、豪炎寺のイメージからは少し離れている。

「これ、」
「いいぞ、食べても。腹の足しになるかは分からないが……」

 立ち上がって豪炎寺の前に差し出すが、豪炎寺は動じた様子も無い。小さい笑みさえ浮かべて円堂とその手の飴を見返している。

「そうじゃなくて……」
「甘いのダメなのか。待ってろ……あ、」

 豪炎寺がポケットに突っ込んだ手を引き抜くと、その後を追うようにばらばら地面にたくさんの色が散らばった。青い袋のビスケットだったり、端がねじってあるキャンディーだったり、駄菓子屋でよく見るスナックだったり、とにかく色々だ。呆然とする円堂の隣で、豪炎寺が慌ててそれをひとつひとつ拾った。

「好きなの持ってけよ」
「いや……あのさ、」
「足りないのか?」

 円堂の両手で作った皿に拾った菓子を全部乗せられるとかなりの量だ。なのに豪炎寺のポケットにはまだ菓子が残っているようだった。先程まではそんなこと全然気づかなかったのに。ぽん、ぽん、手の上で色が増えていく。我慢できずに口から笑いが噴き出た。ぽかんとしている豪炎寺の前で声を出して笑ってしまう。

「円堂?」
「お前、好きなのか?これ、こんなにすごいな……!」
「嫌いじゃないが……病院に行くとな……おい、笑うな」

 先程まで涼しい顔だった豪炎寺が、円堂の笑いのせいか少し慌てた風なのが余計面白い。病院でよく会う患者やその家族、看護師などに会う先々で菓子をもらうのだという。円堂からすると信じられないくらい格好が良くて落ち着いている豪炎寺が、小さい子供みたいにお菓子をもらっているっていうのもなんだか不思議だ。

「……ありがとな!食べるよ!」
「オレももらっただけだ。好きなだけ食べろよ」

 両手が塞がっているのでベンチの上に菓子を避難させる。手作りらしいクッキーは包装も凝っていて、円堂がもらっていいのかちょっと気になるところだ。

「これは豪炎寺が食べろよな」

 せっかくだし、円堂の言葉に豪炎寺もベンチに座った。結ばれたリボンをほどいてクッキーの袋を渡す。そしてその隙を突いて豪炎寺の手首に赤いリボンを結んでみた。蝶々結びは昔から苦手なので片結びになったけど。

「……何してるんだ」
「オレって『いい子』だったのかも!」
「ん?」

 困ったようにしつつも、豪炎寺は笑っている。その目をのぞき込んだ。つい一ヶ月前には全くの他人だったなんて、意識してないと忘れそうだ。

「いい子だから、じーちゃんがオレにプレゼントくれたのかもって思うんだよ」
「……お前のじいさんはイナズマイレブンの監督しながらサンタでもしてたのか」
「違うけどさあ!なんでもないみたいな顔で、すっげえ物隠してて、そこにあるだけでワクワクするんだ!な!豪炎寺ってプレゼントだろっ?」

 そしてそれは一日限り、開けたら終わりじゃない。今日みたいに円堂にいつも新しい発見を持ってきては、ぱらぱら色とりどりに地面に落としていく。

「お前……」
「んっ!?」
「ほんとに……変な奴だな……」
「なんだよ!」

 豪炎寺が顔を隠すように頭を抱えた。その手首には赤いリボンが巻かれている。ひどいことを言われたのに怒る気にもならず、円堂は一番始めに落っこちた飴を頬張った。

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