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XXXOOO (円+豪)



※ ノリで中学生同居

「うー、寒くなったなあ!」

 言葉と一緒に吐き出された息に白い色がついている。一人の夜道では誰の返事も無かったが、独り言に返事がある方が怖い。軽く走りながら、グローブで覆ったままの手を開いたり閉じたりする。時折隣を通り過ぎる車は、音もライトもいつもより鋭い。空気が冷えているせいかもしれない。そう思うと余計に寒さが身に染みてきた。襟元のあたりで滞留する、運動によって生じた熱との落差が激しい。

「早く帰んなきゃ」

 足を早めた。返事なんか期待していない独り言に、今度は脳内から返事が寄越される。慌てて転ぶなよ、少し意地悪な笑みも一緒に頭に浮かんだ。きっと隣を走っていたら、あいつはこう言うんだろうな――という予想だ。思わず顔が笑ってしまうのは何だろう。誰も見ている人間は居ないだろうに、左右を確認しつつにやける口元を押さえた。

 たったったっ、コンクリートをシューズで蹴って進む。時々の車の音と自分の息の音、そしてこの足音しか道には無いので、この三つだけが月の綺麗な冬の夜の音になる。今日は満月だ。夏の夜より少しだけ近い気がする。綺麗だと思うが、どこか寂しくもあった。ランニングがどんどん疾走に近くなる。

 たっ、最後の足音をコンクリートに押し付けて、円堂は立ち止まった。見慣れた安普請を見上げると、やっぱり笑みが出る。アパートの錆付いた階段をカン、カンと踏んだ。ここは息を整えるためにゆっくりと。首元の熱が一気に頭まで昇ってきて、汗が滲んだ。すぐに着替えないと風邪を引くかもしれない。首にかけた鍵を引っ張り出した。絶対に失くしたくない大事な物だと相談したら、鬼道が紐を通してくれたのだ。

 冬の色をした息をひとつ吐いて、静かな廊下に鍵の音を響かせる。恐る恐るドアノブを回してゆっくりと引く。首だけ中に突っ込んだが、よく見えない。玄関にもその奥の部屋にも電気が点いていないらしい。

「……病院かな」

 随分元気になって暇を持て余す妹に引き留められているのかもしれない。そんな二人の様子を想像するとおかしい。笑いながらするりと部屋に入った。いつもは大声で帰ってきたことを知らせるのに、暗く静かな部屋には不思議と声が出しづらかった。

 そうか、まだ帰ってきてないのか。

 おかえりって、またこんな時間まで特訓かって、そう言われるとばかり思っていた。拍子抜けだ。玄関の電気を点け、右手にユニットバスのある1mほどの狭い廊下――とも言えないスペースを抜けて、窓つきのドアを押す。

「……あれ」

 咄嗟に口を塞いだ。入るなり押そうとした電気のスイッチからも手を離す。部屋の中は空ではなく、もう一人の部屋の主がきちんと居た。ただし、胡坐を掻いて座ってはいるが、腕を組んだまま狭い部屋の壁に背を預けて目を閉じている。ぴくりともしない。今日の練習もなかなか大変だった。寝ているのだろう。テレビが控えめな音でバラエティーを垂れ流している。いっつも点けっぱなしはダメだって怒るくせに。寝ている人間相手に拗ねてみる。

 テレビのちかちかする光や、近くに立つ背の高いマンションから注ぐ電灯の光が、カーテンすら引いていない窓からぼんやり伝わってきて豪炎寺の寝顔を照らしている。バッグを引っ掛けたまま、円堂はそっとその正面にしゃがみ込んだ。

 なんだ、帰ってきてたのか。

 近寄ると、すうすうと小さい寝息がよく聞こえる。後ろからテレビのわざとらしい笑い声がした。タイミングを合わせたわけでもないが、思わず笑う。

 ほんのり暖房の効いた部屋が、走って帰ってきた円堂には丁度いい。眠っている豪炎寺には少し寒いかもしれないが。少し心配だ。本当は早く起こした方がいいんだろうな。そう思いながら豪炎寺の吊り上がった眉を、伏せられた睫毛を、薄い唇を観察する。

 帰ってきたらあったかくて、豪炎寺が居て、嬉しいんだ。

 なんてこともないことだけど。豪炎寺はただ寝ていて、特に何をしているわけでもないのに、居るだけで円堂を嬉しくさせている。すごいな、心の中で呟いて感心した。

 もうしばらくそうしていたかったが、ぐうと見事に腹が鳴ってしまった。思わず脱力だ。ひとまずテレビを消そうかと思ってリモコンを探すと、豪炎寺の足元にあった。前屈みになって手を伸ばす。

 ぱっとすぐ間近の目が開いた。動きが止まる。どこかぼんやりした豪炎寺の黒い目には、黒い影になった円堂と、その後ろのテレビの光がちらちら映る。妙な気まずさに何もできないでいると、何度か瞬きをした豪炎寺がふっと息を吐いた。

「……寝てた」
「うん」
「悪かったな」

 首を横に振る。それがおかしかったのだろうか、口元に笑みがある豪炎寺が組んだ腕をゆっくり解いた。それが自分でもよく分からないけれど嬉しくて、その背に腕を回した。ぎゅっと力を込める。とんとん、二度てのひらで叩いて、豪炎寺は円堂の背を撫で返してくる。

「こんな時間まで特訓か?」
「今日は風丸と染岡が居たんだ。楽しかったぜ」
「そうか。オレも寄れば良かったな」

 一日の大半一緒に居るのに、話したいことが腹の底からどんどん湧き出て来た。さっきまで暗くて静かなだけの部屋だったのに。そんな気配を感じ取ったのか、豪炎寺が一度ぎゅっと円堂を抱き返して体を押し返してきた。

「風呂行ってこい。お前が上がったら夕飯にしよう」
「……ひょっとして汗くさかったか?」
「そういうことじゃないだろ」

 豪炎寺が笑う。にへ、円堂も笑えてくる。他に誰も居ない暗い部屋だと分かっているのに、やっぱり左右を確認していると、呆れた様子の豪炎寺が円堂の右腕を掴んだ。額と額を重ねる。あったかい。

「おかえり」
「ただいま!」

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